第15話 公立医学校廃止の諸相(4)~北海道と沖縄の医学校~

札幌仮医学校の開校と廃止

ところで、札幌病院でも院内に医学所を設ける計画があり、明治5年[1872年]10月に「札幌仮医学所」が開設され、翌6年1月に「札幌仮医学校」として開校式が行われた。ここは外国人医師を招いて本格的な医学校にするはずだったが、実際に教授したのは札幌病院の日本人医師たちだった。生徒は基本的には官費生で、一部自費生の入学も認めた。9月には新築された札幌病院内に移った。ところが明治7年[1874年]3月、この札幌仮医学校は突然廃校となった。

計画通りに実現していれば、札幌農学校(北海道大学の起源)と並ぶ「札幌医学校」ができていたのかもしれない。それを阻んだのは開拓使の財政難であった。巨大な赤字を抱えた財政を建て直すため、明治6年[1873年]7月に松本十郎が開拓使大判官に就任し、徹底したコストカットを実施した。新規事業はとりやめ、開拓使の官員は700人から300人に削減された。こうした行政改革と緊縮財政の中で札幌仮医学校は廃止されたのである。函館医学所の自然廃校もこの行政改革と関連があるのかもしれない。

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