株式会社HIROTSUバイオサイエンス 代表取締役広津 崇亮氏 インタビュー

広津 崇亮 氏

ひらめきやアイデアがおりてくるのは一瞬のこと。
逃さないよう、常にアンテナを張っておくことが大事です。

誰もやっていないことをやる
0から1を生み出すことの楽しさ

そこで生物学を学べる東京大学理科一類を受験、入学しました。ところが大学の授業は期待していたほどおもしろくありませんでした。加えて、そもそも座学が好きではなかったのです。1~2年生の間、私は授業にはほとんど出ず、ひたすらサークル活動(テニス)に没頭していました。

一方、3年生から本格的に始まった実験の授業は楽しく、こちらはリーダーシップを取って積極的に参加していました。ただ、その時も私は実験をできるだけ早く終わらせて、サークルに行くことばかり考え、実験の手順を工夫し、短時間で結果を導く方法はないかと試行錯誤していました。こうした一連の行動は、動機こそ不純ですが、課題解決能力の向上につながったように思います。

社会人になると自ら業務の問題や課題を探り出し、解決に導くための方法を考えなければなりません。私の場合、研究者になってからはもちろん、会社を経営していく中でこの力が大いに役立っています。

私が線虫と出合ったきっかけは、当時、アメリカ留学から戻ってきた指導教官から、「向こうでは線虫研究が流行っているぞ。誰か研究してみないか?」と提案されたことでした。酵母の研究がメインの研究室ですから、この提案は予期していないものでした。しかし、私はそこまで酵母にこだわっていなかったこともあり、「線虫を研究するのもおもしろそう」と、一人手を挙げたのです。

当時、日本で線虫を研究している人はごくわずか。まずは線虫の飼い方を学ぶところからスタートし、その後、線虫の交尾行動の研究に取り組みました。修士課程修了後は、研究以外の世界が見てみたくなったこともあり、博士課程には進まず、就職活動をしてサントリー株式会社(現・サントリーホールディングス)に就職しました。

配属されたのは研究部門ではなく、商品開発部です。意外な配属に驚きましたが、メーカーの花形部署といわれるだけあって、優秀な人たちと仕事をする毎日は本当に楽しいものでした。

ところが、次第に「このままでいいのか?研究をもっと続けるべきではなかったのか?」という気持ちを抑えることができなくなりました。周囲の研究者も皆、同じ悩みを抱えていて、「辞めるなら早いほうがいい」と言われました。そこで私は1年で退職し、東大の研究室に戻ったのです。

博士課程では線虫の交尾行動の研究を続けると同時に、教官のすすめで線虫の嗅覚に着目した研究を開始しました。これがなんと2000年に、世界で最も権威のある学術雑誌の一つ、「Nature」に掲載されました。テーマは「線虫の匂いに対する嗜好性の分析」です。まさかの出来事でしたが、私はそれまで経験したことのない、達成感を味わいました。

ここからは線虫の嗅覚の研究にのめりこみます。「周りと同じことをやりたくない」から、「誰もやっていないことをやる」「0から1を生み出したい」という強い気持ちを持つようになりました。

そしてついに忘れることのできない日がやってきます。九州大学の助教(当時は助手)をしていた2013年、線虫が「がん患者の尿には近寄り、健常者の尿からは遠ざかる」ことを発見したのです。

線虫の嗅覚とがんに着目したのは、がん探知犬の研究者と話をしたことがきっかけでした。イヌはがんの匂いを嗅ぎ分ける探知能力がありながら、1日5検体ほど調べると飽きてしまうことや、個体差などから、実用化が難しいということでした。そこで、個体差がなく、飼育費用が安価な線虫が使えるのではないかと考えたのです。

シャーレで線虫の動きを見た時の「いける!」という感覚は、「Nature」に掲載された時と似ていました。2015年、「線虫が尿によって高精度にがんの有無を識別できる」という研究結果がアメリカのオンライン科学誌「PLOSONE」に掲載され、メディアの取材が殺到するようになりました。そこから現在までの歩みは、冒頭でご紹介した通りです。

「世界で誰もやっていないことを実現できたのはなぜなのか?」とよく聞かれますが、それは私が何事にも先入観を持たずにやってきたことが大きいと思います。

例えば研究においては、その分野の権威、いわゆる“大御所”の研究結果が正しい、という先入観を持ちやすいのですが、私は逆で、「“大御所”にも間違いはある」という前提で研究を続けてきました。そうでないと、異なる結果が出た時に、「自分がミスをした」と思うことが多くなります。そうではなく、「まだ誰も見つけていない大発見かもしれない」と思うことが大切ですよね。

「研究には時間がかかって当たり前」という定説にも、昔から疑問を持っていました。サークルへ早く行くため実験手順を工夫した大学時代や、サントリーという民間企業で、効率性を重視する研究方法を学んだこともあります。そもそも、心身が疲れていては、いい研究はできません。九州大学時代に自分の研究室を持ってからは、「17時になったら研究室をクローズし、アフター5を楽しもう」というスタイルにしました。すると生き生きと研究に取り組み、研究成果を上げる学生が増えたのです。

固定観念や先入観を持たずに
物事を見てほしい

私の経験から、若い皆さんには「固定観念や先入観を持たずに物事を見てほしい」と言いたいです。これを意識することで、ひらめきやアイデアが一瞬ですがおりてきます。逃さないようにつかみ取り、新しいビジネスにつなげていくのです。

ビジネスにチャレンジする場合はリスクを恐れ過ぎてはいけません。リスクの大きさと成功の大きさは比例します。「ハイリスク、ハイリターン」なのです。

私は終身雇用が約束されている大学教員を辞して起業しました。安定を捨ててリスクを取り、事業に専念したからこそ、今があると確信しています。リスクを抱えながら取り組んだ事業がうまくいくと、自信につながり、次の目標に進むことへの恐れが消えます。これは成功者に共通する法則のように思っています。

私の次なる目標の一つは「N-NOSE」の世界展開です。安価な線虫がん検査は、医療体制や検査機器が十分ではない途上国にとって有用だと考えています。また、がん以外にも病気にはそれぞれ特有の匂いがあることがわかっています。これを利用して、うつ病やアルツハイマー病なども早期に発見できるようになればと考えています。

さらに大きな目標は大学を作ることです。日本が抱える大学の問題を克服した新しい形の大学を実現したいのです。壮大な夢ですが、不可能ではないと思っています。

医学部をめざす皆さんも、ぜひ、合格という夢を実現させてください。私は仕事柄、医師と接する機会が多いですが、過酷な職場環境の中で、患者さんを助けたいという強い気持ちを持つ彼らを目の当たりにするたび、生半可な気持ちではできない仕事であることを痛感します。ですから医師を目指す人には、患者さんに寄り添う気持ちを常に持ってほしいと思います。

また、医療の世界では、「患者さんのために導入したい治療が、制度上使えない」など、困難に直面することがたびたびあると思います。そのような時も決してあきらめず、課題克服に向かって努力する医師であってほしいと、心から願っています。

※本インタビューはSAPIX YOZEMI GROUPが発行している「医学部AtoZ」(2023年5月発刊)に掲載されたものです。