みくりキッズくりにっく 院長本田 真美氏 インタビュー

Special Interview

本田 真美 氏

みくりキッズくりにっく 院長
本田 真美 氏

ほんだ・まなみ/医学博士、小児科専門医、小児神経専門医。東京慈恵会医科大学卒業。国立小児病院にて研修後、国立成育医療研究センター神経科、都立多摩療育園、都立東部療育センターに勤務。2016年みくりキッズくりにっくを開院。「本田40式認知特性テスト」を確立し、「頭のいい子は、3歳からの『遊び』で決まる!」(PHP研究所)など著書多数。

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「病気を診ずして病人を診よ」の教えと、多職種連携を実践する

10歳のときに人間とコミュニケーションを取るイルカに魅せられ、ドルフィン・アシステッド・セラピーを追い続けた学生時代。粘り強く1つひとつ夢を叶えてきた本田真美氏だが、その根底には、母校である東京慈恵会医科大学の「病気を診ずして病人を診よ」という建学の精神が流れていた。

イルカと関わる仕事がしたくて
トレーナーから医学部志望へ

10歳のとき、テレビを見て雷に打たれたような衝撃を受けました。自閉症児がイルカと触れ合うセラピーを行うアメリカのドキュメンタリー番組だったんですが、子どもたちと意思疎通するイルカの愛らしさに夢中になってしまったんです。

小学1年生から乗馬をしていたり、イヌが身近にいたりして、もともと動物が好きでした。そのなかでも、特に人とコミュニケーションを取れるイルカの知性の高さに魅力を感じ、「将来は絶対にイルカのトレーナーになる」と決意したんです。

中学、高校は桐蔭学園(神奈川県横浜市)だったんですが、放課後は週に何度も東京や神奈川の水族館に通いました。そこで水族館のスタッフに、どうしたらトレーナーになれるのかを聞いたのですが、当時はトレーナーになるのに特別な資格が必要なかったので、「誰でもなれるよ」と。ただ、欠員が出ないと補充されないし、欠員はなかなか出そうにないということなんですね。

これはなかなか難しそうだと思ったので、トレーナーになることはあきらめました。でも、どうしてもイルカと関わりたくて、次に目指したのが生物学の領域でした。獣医になる道も考えましたが、私は病気の動物よりも元気な動物と触れ合いたいと思っていました。

本田 真美 氏

私の憧れの生活を体現していた動物王国のムツゴロウさんが東京大学理学部生物学科のご出身だったので、私もそこに入ろうと勉強を始めたんですが、調べてみると東大の海洋生物学でも、イルカと人間のコミュニケーションを学べるわけではなかったんですね。どうもそれ自体、学問として扱っていないらしい。

迷走する私を見て、高校の担任の先生が「医学部を目指してみたら?」とアドバイスしてくださったんです。イルカ側からではなく、人間の側からアニマルセラピーにアプローチしたらどうか、と。それで、医学部を目指すことにしました。ですから医学部への志望動機は高邁なものではなく、イルカとただ戯れたかっただけなんです(笑)。

東京慈恵会医科大学は、当時東大と試験日が同じでした。私は二つの受験票を持っていて、当日朝までどちらを受験するか迷っていたんです。高校からは東大受験も勧められていましたが、結局は医学部の第一志望だった慈恵会医科大を選び、無事合格しました。

建学の精神の薫陶を受けた6年間
バイタリティあふれる学生時代

大学に入学したのはいいのですが、当時の医学の世界は今よりもエビデンス至上主義でした。動物介在療法は漢方などと同じく代替療法の扱いで、十分な根拠がないということで学問として認められていませんでした。

そもそも発達障害というのもまだまだ新しい概念で、今は小児科領域ではアレルギーと同じくcommon disease(よくある病気)になっていますが、当時は小児科の教科書に数行の記述があるくらいでした。でも、私の原点はあくまでイルカセラピーなので、ダウン症や自閉症の子どもたちについて学びながらイルカとの関わりを模索していました。

学生時代は勉強だけでなく部活や飲み会に忙しく、これまででいちばん楽しく過ごした6年間でした。テニス部に所属していたんですが、社会に出てから同じ大学の出身者に出会うと、必ず「部活はどこ?」って聞かれるんですよね。慈恵会医科大は部活のつながりが強くて、卒業後もその人脈が続いているんです。

あと、とても愛校心が強くて、同窓生のクリニックにはかなりの確率で建学の精神である「病気を診ずして病人を診よ」の言葉が掲げられている。これは、病気を診断・治療するだけでなく、医師として病に苦しむ人に向き合いその人そのものを診よ、という意味ですが、私もこの言葉に導かれて今ここにいるという気がしています。

昭和大学の飯倉洋治教授に出会ったのも学生時代でした。もう亡くなられましたが、アトピー研究の先駆者と言われた方です。先生は、アトピー患者の肌には海水と紫外線が効果的であるとして「海洋療法」を推奨していました。でも海水は、アトピーで荒れた肌に沁みて、子どもが嫌がるんですね。

そこで、イルカと一緒に泳いだら痛みをまぎらわせることができるんじゃないかという話になって、沖縄で飼育されているイルカとアトピーの子が一緒に泳ぐセッションに学生ボランティアとして参加したんです。それが1996年のこと。ようやくイルカセラピーの念願がかなった瞬間でした。

卒業後は2年間の研修があるのですが、同期の8、9割は大学の医局に入局していました。私も当初は大学附属病院を考えていたのですが、スーパーローテーションという方式で行われるため、小児科の研修が2年間で3カ月しかなく、それ以外は別の科の研修になってしまうんです。

私は小児科の研修をしっかりやりたかったので、たまたま募集が出ていた国立小児病院(現・国立成育医療研究センター)に飛び込みで応募しました。周囲の人からは「医学博士が取りにくくなるよ」とか「就職に困るよ」とかいろいろ言われたんですが、今振り返ってみても決してそんなことはなかったですね。