tokco氏 インタビュー

医療イラストをめぐるアメリカと日本の環境の差を痛感

日本ではメディカルイラストレーションの重要性があまり認知されていなかったこともあり、5年生になって周囲が就活を始めても、当然ながらメディカルイラストレーターとしての就職口はなく、悩んでいました。そんなときに教授が紹介してくれたのが、私の実家からほど近い神戸の医療関連会社でした。ブタを用いた研究施設(ラボ)を運営しているベンチャー企業です。

実は、人間の医療技術のほとんどはブタによって支えられているといっても過言ではないのです。解剖学的な違いはあれ、ブタと人間の組織は、質感や重量がとてもよく似ている。そのため、医師や研究者が人体の手術の練習をするために、ブタを用いることが多いんですね。私が勤務したのは、そういった練習や再生医療の研究などを行うためのラボを運営する企業で、全国から医師や研究者、医療機器メーカーの研究員などが訪れていました。

ラボでの私の仕事は、生きたブタに麻酔をかけ、研究目的に必要な状態に準備を整えて、研究がスムーズに運ぶよう補佐すること。内視鏡手術はもちろん、手術ロボットを扱う様子など最先端の研究を間近で見られる上に、その様子をイラストで記録することもでき、とても刺激的な毎日でした。そのうちに、ラボに訪れた医師の先生方から「論文に載せるイラストを描いてくれないか」と頼まれるようになり、念願のメディカルイラストレーターとしての一歩を踏み出すことができたんです。

ラボには2年ほど勤め、2008年にフリーランスのメディカルイラストレーターとして独立しました。最初はメディカル分野のイラストだけでは食べていけず、医療とは関係のないイラストの仕事を引き受けていた時期もありました。しかし次第にオファーが増え、2013年に法人化、株式会社レーマンを設立しました。やはり、個人だと引き受けられる仕事の規模に限界があるし、医療機器メーカーなどの企業の中には、法人としか取引しないという会社も多いのです。

そのうち、志を同じくする仲間が集まってきて、現在は5人のメディカルイラストレーターをはじめ7人のスタッフがいます。うちの会社のメディカルイラストレーターは、もともと理系のバックグラウンドがある人ばかり。実は、この仕事に必要なのは画力よりも、医学的な知識や観察力、リサーチ力、情報処理能力なのです。というのも、たくさんの情報の中から求められている要素をピックアップし、整理して表現することが求められるからです。

レーマンの設立には、アメリカで活躍しているサイエンスアーティスト・奈良島知行さんのセミナーで感銘を受けたことも影響しています。日本と違い、アメリカのメディカルイラストレーションは120年以上の歴史があり、最高峰の医療系大学になるとメディカルイラストレーション技術を学ぶためのコースが併設されているなど、医学に欠かせない職業として認識されています。

そうしたことから、サイエンスアーティストとして日本の第一人者である奈良島さんに本場の技術を教えていただくようになりました。そうするうちにメディカルイラストレーターという職業の価値を広く知ってもらいたい、そのためにもっと大きな仕事を手掛けていきたい、という思いがいっそう強くなったのです。

具体的な仕事の流れとしては、オファーを受けたら、秘密保持などの契約を済ませたのち、論文などの資料をもらって読み込んでおきます。そして、どの部分にどのようなイラストが必要なのかといった要望をヒアリング。その要望に沿うようにラフを描き、やりとりを重ねて仕上げていきます。論文に載せるイラストであれば、だいたい2週間程度で完成することが多いです。

「日本ではメディカルイラストレーションの重要性があまり認知されていない」と言いましたが、実はここ数年で医学界におけるイラストの位置づけが変わってきたと感じています。たとえば医学論文は、世界的に有名な雑誌への寄稿となると、専門性の高いイラストが必要とされることが多くなっています。また、昨今では論文サイトでのダウンロード数も医師や研究者の評価につながります。わかりやすいイラストがついている論文のほうが目を引き、ダウンロードされる可能性が高まる。そのため、医師や研究者の間で、イラストの重要性を認識している人が増えているのです。

この仕事で一番やりがいを感じるのは、イラストのおかげで「著名な学術誌に論文が取り上げられた」「患者さん向けの資料がわかりやすくなった」といった言葉をいただける瞬間です。頑張ってきて本当に良かったなと感じますね。

tokco 氏

メディカルイラストレーターに必要なのは「画力よりも、医学的な知識や観察力、リサーチ力、情報処理能力」とtokco氏は言う

医師に限らず、さまざまな仕事が医療の発展を支えている

近年では、これまでにない新たな関わりも生まれています。特に増えているのが、3D映像を作るためのイラストの依頼。3D映像は、物体の構造を立体的にとらえ、さまざまな角度から見たイラストをもとに作り上げるのですが、メディカルイラストレーターは、日頃から臓器などを多面的にとらえる訓練ができている。そのため、大手のゲーム会社などが対応できなかった臓器や骨格の3D素材の作成を依頼されることもあります。VRなどのコンテンツが増えるにつれ、こういったニーズは高まっていくと感じています。

大学時代の友人たちは、ほとんどがペットの獣医師になり、卒業後はしばらく連絡が途絶えていたのですが、最近再び連絡を取り合うようになりました。そのきっかけもイラストです。私がメディカルイラストレーターの仕事をやっていると知って、「ぜひ依頼したい」と連絡をくれたんです。

みなさんの中には「医療=医師」と考えている人も多いかもしれませんが、さまざまな職業が医療を支え、人々の命を守っていることを知ってほしいと思います。一方で、職業の選択肢がある分、夢中になれる分野を見つけ、そこに打ち込む力も必要ですし、人の命にかかわる仕事だからこそ、困難なことも多く、粘り強さも必要とされるでしょう。

みなさんが難関を突破して、大学で素晴らしい仲間たちと出会い、夢中になれるものを見つけられるよう、心より願っています。そして、折に触れてメディカルイラストレーターの存在を思い出してくれたら、こんなにうれしいことはありません。

tokco氏が代表取締役を務めるレーマンの公式サイトはこちら
» Medical Visual Design
» 医療・医学系イラスト素材のレーマンストックウェブ

※本インタビューはSAPIX YOZEMI GROUPが発行している「医学部AtoZ」(2022年7月発刊)に掲載されたものです。