Special Interview
東京大学医学部附属病院 22世紀医療センター
コンピュータ画像診断学/予防医学講座 特任助教
越野 沙織 氏
2015年、東京医科歯科大学卒。インペリアル・カレッジ・ロンドン医学部、ハーバード大学医学部への留学などを経て、東京大学大学院医学系研究科生体物理医学専攻で医学博士号を取得。脳動脈瘤の画像解析ソフトウェア「EIRL Brain Aneurysm」の開発に携わり、2019年9月、画像診断AIで日本初の薬事承認を得た。
いまはノーベル賞の何歩手前?
目標はAIによる全身診断
将棋の天才少女と呼ばれた10歳の頃、突然歩けなくなった。不安から救い出してくれたのは、断層画像撮影装置が映した白黒の画像だった——。幼いときの体験を胸に、AIによる画像診断の世界を切り開く越野沙織さん。目指すは、日本人女性初のノーベル賞だ。
医師が見逃したものをAIが見つけてくれる
幼い頃のゲーム好きが高じて、いまはAI(人工知能)で画像診断をする研究を続けています。日本の医療技術は進んでいると思っている人が多いのですが、実際にはかなり遅れつつあり、私は危機感を覚えています。たとえば薬事承認されている画像診断AIは、アメリカにはすでに190ほどありますが、日本には数えるほどしかありません。イギリスや中国など、AIの研究が盛んな国では、どんどん医療の現場に取り入れられつつあります。
CTやMRIで撮られた画像は、現場の医師が目で見て診断しています。そうなると医師の熟練度によって、診断の精度が変わってしまいます。そこで、この診断をAIでサポートし、病気の見落としを減らすというのが私の研究です。
これまで力を入れてきたのは、脳動脈瘤をAIで見つける研究です。MRIを撮ると、脳の血管が画像に映し出されるのですが、その中にポコッと出ているところがあります。これが動脈瘤で、それをAIに検出させるのです。そのためにはあらかじめ脳の血管の画像を千数百枚もAIに読み込ませ、学習させます。そして、患者さんの画像と照らし合わせ、動脈瘤の場所を指し示してもらうわけです。
実際に私たちの開発した、脳動脈瘤の診断支援が可能な医用画像解析ソフト「EIRL Brain Aneurysm」は、人間よりも高い検出能力を持つようになりました。医師が見逃したものをAIが見つけてくれるということが実際に起こっているのです。さらに、こういったソフトを利用することで、医師の検出能力が上がることも証明されています。
2019年9月には「EIRL Brain Aneurysm」が日本で初めて厚生労働省に認められ、薬事承認されました。現在すでに、100以上の施設で活躍しています。さらに今年になってAIを用いた画像診断の一部が公的医療保険に適用されることになりました。これからはさらに普及していくと思います。
こういったソフト、機器が普及すれば、放射線科医がいない小さな病院でも、内科や外科の先生がAIの出した解析結果を見て診断することが可能となり、医療格差を減らすことにつながると考えています。
頑張っていた将棋をなぜあきらめたのか
私が子どもの頃に遊んだゲームの中でも、将棋は特別なものでした。6歳の誕生日に盤と駒をもらい、父にルールを教えてもらったのですが、すぐに父に勝ってしまって、地元名古屋にある「板谷将棋教室」(現・栄将棋教室)という東京の将棋会館に相当する道場に通うことになりました。週に4日は将棋教室に通い、週に2日は中山則男六段に対局指導を受けるという毎日です。それでも将棋を指し足りず、将棋ソフトでも練習しました。そういう中で、次第にAIに興味を抱くようになったのです。
将棋を覚えてすぐ、関西将棋会館の日曜レディーススクールに1年間、始発の新幹線で通い続けました。さらに中山先生とのご縁で、9歳のときにはNHKの「羽生善治の新大逆転十番勝負」という番組で、羽生先生と対局する機会もいただきました。この企画はプロの対局の投了時点の局面を使い、勝った側を私が、負けた側を羽生先生が引き受けて再開するという勝負です。要は勝ち負けが決まった状態から羽生先生がどう逆転するかという企画ですね。10人いる対局者の中で、私はアマチュア代表という形で参加しましたが、結局、羽生先生が全勝しました。
対局前は、「絶対に勝つ」と思っていたんです。そもそも勝ち負けがついている状態からの対局ですし、盤面は圧倒的に私が有利でした。それなのに、くるっと逆転されてしまった(笑)。なぜそうなったのか、まったくわかりませんでした。子どもながらに勝負にこだわる性格だったので、そのときは非常に悔しかったことを覚えています。
「そこまで頑張っていた将棋をなぜあきらめたの?」そう聞かれることも多いのですが、最大の理由は尾骨痛でした。10歳の頃、お尻の骨(尾骨)の激痛で歩けなくなったのです。近くの病院で診てもらったのですが、原因がわからない。そこで東大病院の先生に診ていただくことになりました。診断は「成長痛」。CTやMRIで撮影した画像やその他の検査のおかげで診断に結びつき、ほっとすると同時に、検査の大切さと画像の重要性を身をもって感じたものです。