Special Interview
医学研究所 北野病院
消化器外科・腫瘍研究部
山本 健人 氏
北野病院消化器外科医師、腫瘍研究部研究員。博士(医学)。2010年、京都大学医学部卒業。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医などの資格を有する。「外科医けいゆう」のペンネームで17年に医療情報サイト「外科医の視点」を開設。著書に『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)など多数。Twitterでも情報発信している(https://twitter.com/keiyou30)。
情報が医療につながる時代。
医師として人々に情報発信を続ける
医師に知識と技術があっても、患者さんには届かない。そんな歯がゆい状況を改善したいという一心で始めたのは、新聞への投書だった——。患者さんへの情報発信を積極的に行う医師の山本健人氏。「医師にとって『伝える力』は、もはや不可欠な要素」と言う。
医師への憧れ 受験で味わった苦悩
最初に医師というものを強烈に意識したのは、「振り返れば奴がいる」(1993年、フジテレビ系)という医療ドラマでした。小学校低学年の頃だったと思います。織田裕二さんと石黒賢さん、二人の外科医のストーリーで、白衣を着て走るオープニングがとてもかっこよかった。今でもその映像が、頭に残っています。
当時、私が抱いていた医師のイメージは、「町の小児科の先生」でした。まさにこのドラマがきっかけで、医師に憧れを抱くようになりました。
しかし、医師になるための道のりは、とても順調とは言いがたいものでした。まず、中学受験で灘中に落ち、地元の公立中学、高校に進みました。しかしその高校から医学部受験をする先輩は少なく、右も左もわからない状態で大学受験に突入しました。公立高校は教科書の全範囲を終えるのが入試直前ですから、理数科目は特に厳しいものがありましたね。案の定、現役では不合格でした。ただ、浪人時代の予備校の講師の授業がとにかくわかりやすくて、すぐに成績に反映されていきました。やはりノウハウを持っている人に学ぶことは大事だと、そのときつくづく感じたものです。
新聞への投書からスタートした医療情報の発信
現在は、京大の関連病院である北野病院で外科医として勤務するかたわら、Twitterや書籍などを通じて医療情報を積極的に発信しています。私が本やSNS、ウェブサイトなどを用いて発信するのは、患者さんとのコミュニケーションの必要性を強く感じているからです。
2010年に医師となり、さまざまな患者さんの治療に携わる中で、それまで大学で学んできた知識がなかなか現場で生かすことができないというもどかしさを感じていました。たとえば私が、「世界的にエビデンスがあるこの治療がベスト」と考えていても、患者さんにそれが伝わらなければその治療を受けてもらえないのです。
がんや脳、心臓の病気など、長期戦を覚悟しなければならない病気では、病院に通い続け、治療し続けるというモチベーションを維持しなければなりません。にもかかわらず、科学的根拠のない誤情報やデマを信じて通院をやめてしまう、あるいは高額な食品やサプリメントの効果を信用して望ましい治療から離れてしまう、という患者さんがいるのです。そういう現状を目の当たりにして、私たち医師が技術や知識を磨くだけでは不十分だ、ということを考えるようになりました。
病院に来る前の人や、病院に来ない人に、医師として情報を届けなければならない。そのような問題意識から最初に始めたのは、新聞への投書でした。2013年のことです。診療の合間をぬって書き続け、たぶん50通くらいは送ったはずです。
4年ほどがんばりましたが、掲載されたのはほんの一部。そこで2017年ごろから、ウェブサイトを使うようになりました。ホームページを立ち上げ、SNSでも発信するようになったのです。今では、Twitter(@keiyou30)で10万人近くの方にフォローしていただいています。
ネット上で発信するようになり、情報の伝え方、受け取り方について強く意識するようにもなりました。SNSは特に、「個人の意見」を信用するかたちになりやすい媒体です。医学以外でもそうですが、そのような情報の受け取り方には、常に危険がともないます。では、どのように情報を集めればよいのでしょうか。
まずは、学会や公的機関から発信されている情報を重視することです。学会というのは専門家の集まりで、その中で「ここまでは表に出していい。ここから先はグレーだから明言しない方がいい」という線引きをしています。そうして発信された情報は、大勢の専門家が一生懸命議論した末の成果物なのです。ですから、まずはこの情報を頼りにするのがよいでしょうね。
ただ、学会などからの発表は、非常に淡泊で読みにくいことも多々あります。やはり個人から発信される、優しいトーンや、わかりやすい内容を信じたくなってしまいます。そんなときには、複数の専門家の意見を同時に参考にするのがよいでしょう。ジャーナリストの佐々木俊尚さんは、これを「『専門家の群れ』をウォッチする」と表現しています。事実、SNSは専門家の意見を直接聞ける貴重な媒体です。これを上手に利用するために、専門家の意見を比較検討し、中央値に相当する考えを見つけることが大切だと思います。
誰しも耳ざわりな情報は信じたくありませんし、自分が信じたことの背中を押してくれる人の情報を読みたくなるものです。しかしこのような心理的なバイアスがあると、正確な情報を受け取れなくなってしまいます。
特に医療情報の場合、バイアスのかかった情報は自分の健康に対する大きなリスクになりますし、診療を妨げることにもつながります。誰もが自由に情報にアクセスできる日本では、メディアリテラシーが医療と密接につながっていることも覚えておいてほしいと思います。
文系寄りの学生も、どんどん医学部にチャレンジしてみては
医師の中には、患者さんとのコミュニケーションに苦手意識を持っている人もいます。しかしコミュニケーションは技術であり、特に医療現場という限られたシチュエーションでのやり取りは、トレーニングで身につけることができます。これは性格の問題ではなく、学習可能な診療技術の一つだと私は考えています。
コミュニケーションの大切さは、私が医学部に入る頃から重視されるようになりました。「インフォームド・コンセント(治療法を十分に知らされたうえで同意すること)」という言葉が世間で言われるようになったのは、私が受験生くらいの頃だったと思います。しかしそれ以前は「医師の言うことは絶対」という世界だったのです。それこそ、胃がんの患者さんに「胃潰瘍」と偽って手術した時代もあったと聞いています。こうした例は、今の学生さんには想像もつかないことかもしれません。
現在では、医師が病状を説明し、選択肢を提示し、患者さん自身で治療を選ぶことが重視されており、医学部ではこれらのことをきちんと体系的に学べるようになっています。医師にとって「伝える力」は、もはや不可欠な要素なのです。
そういった意味では、文系寄りの学生もどんどん医学部にチャレンジしてもらいたいと思っています。僕自身、どちらかといえば文系寄りの人間で、得意科目は国語と英語でした。予備校の授業でこの二つの教科の成績が伸びて、自分の武器になったのです。東大や京大などの医学部は、2次試験でも国語を課します。これらの大学を受験するのなら、国語が得意な人にはプラスになるはずです。反対に理数は苦労しましたが、国語と英語に充てていた勉強時間を理数に回すことで、なんとか克服することができました。
医学部は理数科目の配点が大きいため、どうしても理系の得意な人材が集まりがちです。しかし、医師として必要なスキルを考えると、言葉を使う力など、人文系の能力も医療現場では生かされやすいと思います。医学というのはサイエンスの一部で、生物学に含まれる領域といえるかもしれませんが、実は物理、国語、歴史などいろいろな力が生かせる学問であり、職業なのです。
そもそも、医学部出身者がみな医師になるわけではありません。医師ではないかたちで医療に携わる人や、起業する人も増えています。医学部は医師になるための養成学校のように見えますが、実は結構多様な好み、趣味、スキルを生かすことができるのです。文系だからとか、医師になりたいわけではないから、と狭く考えず、医学部の門をたたいてみようと思う人が増えればいいなと思います。