東京医科歯科大学M&Dデータ科学センター
宮野悟氏インタビュー

宮野 悟 氏

東京医科歯科大学M&Dデータ科学センター センター長
宮野 悟 氏

1954年生まれ。77年九州大学理学部数学科卒業、79年同大大学院理学研究科数学専攻修士課程修了。79年同大理学部助手、93年同大理学部教授。96年東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター教授、2014年同施設センター長、15年神奈川県立がんセンター総長(兼務)などを経て、20年4月から現職。

近い将来、全ゲノム解析が
スタンダードになる

私は、がん患者のゲノムを調べ、それに基づいて治療方針を決定するシステムの導入を厚生労働省に持ちかけました。そして2019年には、とうとうがん患者の遺伝子変異を調べる「がん遺伝子パネル検査」が医療現場において保険適用となりました。

がん遺伝子パネル検査の保険対象となるのは、標準治療(がんの種類や進行期によって決められている現在利用できる最良の治療)が終わった患者や終わる見込みの患者、標準治療がないがん種の患者です。がん患者のがん細胞や血液を使って次世代シーケンサーで遺伝子の解析をした結果、遺伝子変異が見つかり、それに合った治療薬があれば、がん遺伝子パネル検査に基づいた治療が始まります。

ただし、遺伝子パネルとは、検査の対象となる遺伝子のセットのことで、パネルに含まれているのは数百種類の遺伝子だけです。つまり、ごく一部の遺伝子しか調べられない。そのため、検査をした結果、遺伝子変異に合った治療薬が見つかる可能性は10%程度です。

この問題を解決できる可能性があるのが、「全ゲノム」の解析、すなわち個人のもつ、すべてのゲノムを解析することです。膨大な情報を解析するのですが、現在、解析装置の急速な発展により、かなりの時間短縮が可能になりました。また、全ゲノム解析のコストもどんどん下がり、もうすぐ100ドルを切るところまできています。

予測ですが、5年くらいのうちには、従来の治療法よりも全ゲノムを解析するほうが正確で、スピードが速く、費用も安いという状況になっているのではないかと思います。現在高校生の皆さんが医師になる頃には、全ゲノム解析はごく当たり前の医療になっているかもしれませんね。

未来の医師に必要なのは
AIのパワースーツを着ること

がんゲノム医療に関しては、すでに医療の現場でスムーズに走り出しているので、私自身はがんゲノム医療の一線からは退き、2020年4月に新たに創設された東京医科歯科大学M&Dデータ科学センターのセンター長に就任しました。医療分野のデータサイエンス専門家を養成することを目的とし、「M&Dデータ科学基盤系」「M&Dデータ科学実践系」「M&Dデータ科学アウトカム系」の3部門を設置しています。

まず取り組んだのは、病院の「デジタルトランスフォーメーション(DX=デジタル技術やデータを駆使して、社会全体が便利になるように変革していくこと)」です。病院のデジタル化は進んではいるものの、医科や歯科の膨大な医療データをたくさんの人とシェアして、患者に役立てたり、企業を活性化したりすることにつなげられていないのが現状です。その状態を解消し、医療データの社会還元をしていこうという取り組みです。

また、前職のときに使用していた国内最大の演算性能をもつスーパーコンピュータ「SHIROKANE」を導入し、データ解析のシステムを構築しました。現在、「SHIROKANE」は当大学の研究グループであれば、使用できるようになっています。

医科学研究所にいたときに、京都大学腫瘍生物学の小川誠司教授とゲノム医療の共同研究をしていましたが、小川教授の研究室のメンバーである医師たちは、みなスーパーコンピュータが使えます。共同研究をするうちに、使えるようになったのです。

これからの医師に必要なのは、「AIのパワースーツを着ること」と私は常々言っています。パワースーツを着れば、自分の力では持ち上げられないものでも軽々と持ち上げることができますよね。それと同じように、ゲノム医療でもAIの力を借りればいいのです。

人間が100本の文献を読むのは膨大な時間と労力がかかりますが、AIの力を借りれば、AIは膨大な量の論文を読んで学習し、おおよその推論まで出してくれます。現在のAIは、「なに?」ではなく「なぜ?」に答えてくれるのです。AIのパワースーツを着て、データサイエンスの能力と医師免許を持って患者に臨む姿というのが、これから求められる一つの医師像だと思います。

最後に、医学部を志望される皆さんに言いたいのは、「あまり賢く自分の人生を考えすぎないこと」ですかね。自分の進路をきっちりと定めることや、自分の能力を活かして偏差値の高い大学に進学すること、要領よく効率よく生きることも大切かもしれませんが、あまり考えすぎず、漠然とした「自分の人生、こうあればいいな」くらいの思いをもち続けるのもいいのかなと。自由に妄想して、さまざまな可能性が広がっていることを感じてほしいですね。

※本インタビューはSAPIX YOZEMI GROUPが発行している「医学部AtoZ」(2021年7月発刊)に掲載されたものです。