国立成育医療研究センター 救急診療科 医員 大西志麻氏インタビュー(後編)

Special Interview

大西 志麻 氏

国立成育医療研究センター 救急診療科 医員
大西 志麻 氏

東京都出身。2007年筑波大学医学専門学群(現在の医学群)卒業。都立広尾病院小児科、日本医科大学千葉北総病院救命救急センター等を経て、国立成育医療研究センター総合診療部救急診療科医員。日本小児科学会小児科専門医、アメリカ心臓協会BLS(一次救命処置)・PALS(小児二次救命処置)インストラクター。

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医師であるかぎり、いつになっても「日々勉強」

医師になったばかりの頃は知識も経験も足りず、わからないことばかりで、とにかく仕事についていくのに必死でした。経験を重ねるにつれ、不慣れによる不安や大変さは減りましたが、勉強はまだまだ必要です。

医師になるまでにもたくさん勉強をしましたが、医師になってからはさらに勉強しなければなりません。医療は日進月歩なので、治療法も薬もどんどん新しくなり、「昨年までの治療法が今ではもう変わっている」ということも珍しくありません。医師であるかぎり、いつになっても日々勉強で、大変だと感じることもあります。

ただ、それ以上に医師として最もつらいと感じるのは、患者さんを亡くしてしまうことです。どれだけ医療が進歩しても、どうしても救うことができない命はあります。例えば、難しい症例にぶつかるとか、難しい保護者の対応を求められるなどということは、それらも含めて医師の仕事だと思っているので、あまり大変だとは思いません。それより、一生懸命努力しても助けることができなかったときが、やはりいちばんつらいと感じます。

一方で、自分が治療をした子の元気になった姿を見ることができたときは、本当に嬉しくなります。実は、救急医は患者さんから感謝されることはあまりありません。「先生、ありがとうございました」と直接言われることは、とても少ないのです。それは、救急が緊急事態に来るところで、必要な治療や処置をしたら、患者さんはすぐICUや病棟に移っていくからです。それが救急であり、私はそれでいいと思っています。ただ、時々、自分が治療をした子と再会できたり、その姿を見られたりすることがあります。「あんなに具合が悪かったのに、こんなに元気になって」と思うと、歩いている姿を見るだけで、すごく嬉しくて幸せです。自分が治療をしたことで、その子がその後、長く続く人生を元気に過ごせると思うと、この仕事をしていてよかったと心から思います。

得られるサポートを活用し、子育てと仕事の両立をはかる

私は救急医ですが、4歳と1歳の子どもをもつ母親でもあります。現在は、朝8時から18時頃までの日勤のみで、当直は免除になっており、土日も基本的に休みです。当センターは重症患者を多く受け入れていることもあり、人員が多く配置されているため、夜間や休日などの勤務時間外に呼び出されることはありません。勤務中は、いつ、どのような患者さんが救急搬送されるかわからず緊張感を持って仕事に集中していますが、職場を離れたら完全にオフになれるので助かっています。

このように、育児をするうえではとても恵まれた職場環境ですが、それでも仕事と育児の両立は、私一人の力だけでは難しいと思っています。家族や親戚に助けてもらい、宅配やミールキット、お掃除ロボットなど便利なツールを活用して、なんとか生活をまわしています。

仕事と育児の両立のためには、頼れるものには頼り、使えるサポートは使い、抜ける手は抜くことが大切。そうすることで得た時間を、私は子どもと一緒に過ごすことにあてています。家で子どもと過ごす時間を思いきり大切にすることで、また新たな気持ちで仕事と向き合えますし、病院で出会うお母さんが子育てに悩んでいるときなどに、気持ちを共有できたり、ちょっとしたヒントを提供できたりしているのかな、と思います。そう考えると、家庭での時間を仕事に還元できている部分もあるのかもしれません。

勤務体制や子育て支援の制度などは病院によって異なり、まだすべての病院で、仕事と育児の両立環境が整っているとはいえないのが現状です。ですが、「医療は日進月歩」と述べたように、医療技術だけでなく医療従事者を取り巻く環境も日々変化しています。私が医師になってからの15年でも大きく変わったので、今後の10年、15年でも大きく変わると思います。私は決してスーパーウーマンではありませんし、器用に物事をこなせる人間でもありません。それでも周囲の協力を得ながら仕事と子育てを頑張ることができているので、大丈夫。きっとこの記事を読んでいるあなたにも、十分できるはずです。

一緒に働くなら「心のある医師」がいい

今後、医療技術はさらに進歩・発展していくと思いますが、これまで治らなかった病気が治るようになるのと同時に、個人の遺伝子を解析し、それをもとに一人ひとりに合わせた治療を行う「オーダーメイド医療」が進むと考えています。

そして精神的なケア、例えば小児科の領域であれば、いじめや不登校、虐待など、子どもを取り巻く問題に関連した心のケアが、より重要になってくると思います。そう考えると、私なら、ただ知識が豊富とか、技術が優れているだけでなく、「心のある医師」と一緒に働きたいと思います。病気を治すことはもちろんですが、患者さんがつらいとき、ご家族がつらいとき、その心に寄り添えるような医師がいてくれたら心強いですね。

医師という仕事は、たぶん、あなたが思っているほどかっこいい仕事ではありません。労働環境は、はっきり言って理想的とはいえないでしょう。でも、病気と向き合い、患者さんと向き合い、人を救うことができる医師という仕事はとてつもなくやりがいがあり、達成感があり、魅力的であることには間違いありません。決してラクではないけれど、人に誇れる仕事です。ぜひ、私たちと一緒に働いてほしい。そう願っています。

※本インタビューはSAPIX YOZEMI GROUPが発行している「医学部AtoZ」(2021年7月発刊)に掲載されたものです。