小論文書き方指南

医学部入試において避けては通れない小論文。何が問われているか、問題にどのようにアプローチすればよいか、Y-SAPIX「リベラル読解論述研究」の授業を模した対話を通してお伝えします。

舞台は授業前の教室、生徒Sと講師Lが話していると、暗い顔をした生徒Yがやってきた──。

小論文試験で問われていること

生徒S

どうしたの? 暗い顔して。

生徒Y

医学部入試で小論文を課している大学が多くてびっくりして。小論文、苦手なんだよね。なんで小論文が出題されるんだろう? 先生、どうしてですか?

L講師

国語と小論文では問われている能力が違うんだ。国語で問われているのはどちらかというと「本文内容を読み取る」、すなわちインプットの能力。それに対して小論文ではアウトプットの能力が問われている。

そして、言うまでもなくインプットよりもアウトプットのほうが難しい。というわけで、アウトプットをさせて、受験生の能力を測定するというわけだよ。

生徒Y

具体的にどんな能力がチェックされているのですか?

生徒S

誤字脱字がないかとか、筋道立てて考えられているか、とかじゃない?

L講師

その通り。それらは小論文試験に共通してみられる評価項目で、それに加えて志望分野についての基本的な知識が問われていると思っていればよい。つまり、医学部に進学して医師になりたいなら、このくらいのことは知ってるよね、考えたことあるよね、ということ。

たとえば──これは医学部看護学科の入試問題だけれど──こちらの過去問を見てみよう。

2018年度 福井大学 医学部看護学科[前期]小論文試験

島薗進『いのちを“つくって”もいいですか? 生命科学のジレンマを考える哲学講義』
NHK出版、2016年、30~34ページより

  • 問1 「エンハンスメント」の具体的な例をあげ、エンハンスメントであることの理由とともに説明しなさい。(150字以内)
  • 問2 下線①iPS細胞と下線②ES細胞の違いを簡潔に説明しなさい。(100字以内)
  • 問3 下線③のような「再生医療」の技術が確立されたとしたら、その技術を実用化するうえで整備すべき課題と対策について、多角的な視点からあなたの意見を述べなさい。(600字以内)

生徒S

「エンハンスメント」……きちんと説明できるかといわれるとちょっと不安かも。

生徒Y

iPS細胞とES細胞の違いを説明するって……こんなストレートな知識問題も出るんですね。

生徒S

たしかに。そういえばES細胞って、このコロナ禍の陰に隠れていたけれど、たしか何か大きな進展があった気がする……。

L講師

2020年5月に国立成育医療研究センターが、ES細胞を用いた臨床試験に成功しているね。肝臓病の赤ちゃんにES細胞から作製した肝細胞を移植している。

生徒Y

え、そんなニュースあったっけ?
医療崩壊寸前だとか、患者や医療従事者への差別とか、新型コロナウイルス感染症のことばかり気にしていました。

生徒S

新型コロナウイルス感染症については、問題が噴出していたよね。PCR検査が受けられないとか、保健所の職員の労働時間が過労死ラインを超えていたとか。トリアージの問題もあったよね。医師になったらこういう事態に直面するんだなって思った。

L講師

そうだね。そして、実際に将来こういう事態に直面する可能性があるとわかっていますか? という問題も出題されている。

2018年度横浜市立大学医学部医学科 前期小論文試験
診療所の待合室の出来事です。ある患者さんが、高熱があると訴えて、先に診察を受けたいと申し出てきました。この日は混雑していて、他の患者さんは2時間以上待っています。あなたがこの診療所の院長であるとしたら、この事例にどのような対応をしますか。理由とともに1,000字以内で述べてください。

生徒Y

え、こんな事態、どうすれば? もしこの患者さんを先に診察しちゃったらずっと待っている人に不公平な気が……でもなあ、うーん……。

L講師

万人が納得する答えはないだろうね。でも、納得はしてもらえなくても筋が通っていることや、医療者として踏まえておくべき原則に則っているだろうことは認めてもらえる。

生徒Y

原則?

L講師

生命倫理では次の4つの原則が立てられている。

まずは「自律尊重原則」。患者が自分で決めたことを医療者は尊重しなくてはならないというもの。次に「無危害原則」。医療者は患者に危害を与えてはならないというもの。

そして「仁恵原則」。医療者は患者の最善の利益を考えなくてはならないというもの。最後に「公平原則」というのがあって、これは、医療者は公正に対応しなくてはならないことをいう。

生徒Y

あ、聞いたことあるかもしれない……覚えなおします!

L講師

いい心掛けだね。だけど、知識だけに振り回されないよう気をつけてほしい。知識とは考えるときの道具であり材料だ。大事なことは知識を使って自分の考えを作り出していくことだよ。

小論文を書いてみよう

L講師

横浜市立大学の問題は、この4つの原則を知っていると考えやすくなると思う。ひとつはさっき「不公平」という発言があったけれど、この申し出に応じると「公平に対応しなくてはならない」という原則に反するように見える。だから応じるわけにはいかない。

だけど、先程そうは言い切らなかった。なぜかな?

生徒Y

なんというか……この患者さんも順番だってことはわかっていると思うんです。だけどこういう申し出をしたということは、かなりつらい状態にあるわけです。

もしかしたらインフルエンザなど他の患者さんに感染させてしまう病気かもしれないし、だったら先に診察して帰っていただく方がいいと思ったんです。待ってる間に悪化するかもしれないし……あれ? これって4つの原則でいうと「仁恵原則」?

L講師

そうだね。この場合は「仁恵原則」と「公平原則」が対立している。だけどさっきも言った通り、こういう知識はあくまでも考える際の道具なのだから、それに振り回されないでほしい。というわけで、今からは原則には言及しないで進めるよ。

さて、それではこの患者さんを先に診察するということでよいかな?

生徒Y

……他の患者さんが、自分も2時間待っているのにずるいって思うかも。どうしよう……。

生徒S

悪化させたり感染させたりしたらまずいので先に診察するってこと説明して、もし他にもしんどいのをがまんしていた人がいたらお申し出くださいって言う。これでどうでしょうか?

L講師

それでみんなが自分も自分もってなっちゃったら?

生徒Y

……訴えから内容を判断して、より重篤そうな人から対応します……でも、やっぱりこの患者さんのわがままかもしれない気がしてきました。待ってもらうべき……いや……。

L講師

前から言っているでしょう、書いているうちに「やっぱりちがうかも」となって、せっかくある程度の分量書いているのに全部消して最初から書き直すというのは最悪の状況だ、と。

そうならないように、書く前にすべての材料──知識やら思い浮かんだことやら──を書き出して整理するのが大事。ちょっとここまでの内容をまとめておこう。ん、なにかな?

生徒S

何で混雑してるのかってことにもつながると思うんですけど、急を要する他の患者さんがいて、その人の対応に時間がかかっていて、だから待っててもらうしかないという状況があるように思うんですが。

L講師

うん、ありそうだね。じゃあ、それも付け加えてまとめてみよう。

答案作成のために設計図を作ろう(Ver.1)

対応策:先に診察する

理由①かなりつらい
原則順番通りなのはわかっているはずなのにあえて申し出たため

理由②悪化を避ける
他の患者さんへの感染を予防する

この対応策を取った結果

・他の患者さんに対して不公平
・説明、他の患者さんについてもより重篤な人から対応


ただし、以下の場合は待ってもらう
①この患者さん以外にもやはり高熱の人がいる
②急を要する他の患者がいるため対応できない

生徒S

かなり見通しよくなりましたね。だけど、これでいいのかな? なんか物足りない気がするし、そもそもこれで800字──8割も書けるかな……?

L講師

いつも言ってるでしょう、心配性の人や気難しい人に何を言われるか想定するように、と。

生徒S

あ、批判と応答だ。
えっと……しんどかったら先に診察してよいのかって批判があって、それに対して、そういう申し出がなくても診察内容により診察の順番は前後することがあるから、より高熱のこの患者さんを先に診ることは例外的なことではない。これでどうでしょうか?

L講師

いいじゃないか。──さて、ここまでのプロセスを振り返っておこう。我々は今、何をした?

生徒Y

……自分が感じたことをまとめて、言語化しました。

生徒S

ありえそうな場合を書き出して整理して、批判と応答を考えました。

L講師

そう。書き出して整理して、設計図を立てるということだね。

答案作成のために設計図を作ろう(完成版)

対応策:先に診察する

理由①かなりつらい
原則順番通りなのはわかっているはずなのにあえて申し出たため

理由②悪化を避ける
他の患者さんへの感染を予防する

この対応策を取った結果

・他の患者さんに対して不公平
・説明、他の患者さんについてもより重篤な人から対応

批判を受けたらどうするか

「しんどいのはどの患者さんも一緒なのに」と批判を受けたらどうするか

→ 診察内容により診察の順番が前後することがあるので、より高熱のこの患者さんを先に診ることもありうる


ただし、以下の場合は待ってもらう
①この患者さん以外にもやはり高熱の人がいる
②急を要する他の患者がいるため対応できない

生徒S

でも……いいんですか? 「わかっているはずなのにあえて申し出たのはかなりしんどい状況にある」ってすごくシンプルな直観に見えるんですが。

L講師

「いい」というのは「もっと複雑な理由にした方が高評価なのでは?」という意味かな?

たしかにこういった問題では、関連知識や解決策を提案できる力、またそれを記述する力が必要だから、複雑な理由を提示するとそれらをアピールできて、高評価が得られるだろうね。
とはいえ、複雑な理由を挙げても解決策が不十分だったら評価はむしろ下がるだろう。

生徒Y

うーん、難しいなあ……。

L講師

大事なことは自分の考えを丁寧に、理路整然と提示することだよ。

本を読もう、知識を得よう

生徒Y

ところで、そういう知識って、どうやって身につけたらいいんですか?

L講師

基本的にはニュースをチェックしたり、本を読んだり、かな。ちなみに最近はどんな本読んでいるの?

生徒Y

『病魔という悪の物語 チフスのメアリー』(金森修/ちくまプリマー新書)を読んだところです。

20世紀初頭に、チフスの無症状キャリアだったメアリーという人が周囲の人にチフスを感染させ、隔離されました。解放を求める裁判を起こして、料理人をしないという条件で解放されたものの、条件を破ってクラスター(感染者集団)を発生させて再度隔離されたんです。

なぜ条件を破ったのかと考えたときに、人生への絶望があったように思い、悲しくなりました。

生徒S

新型コロナウイルス感染症が拡大しているので、『感染症 広がり方と防ぎ方 増補版』(井上栄/中公新書)を読みました。ウイルスと細菌の違いを整理しなおさないと、と思います。

あと『ヤバい医学部 なぜ最強学部であり続けるのか』(上昌広/日本評論社)を読んでいます。このごろ識者として新聞でよく見るので……第3章「医学部の歴史と現在」や第4章「医療の近未来」が勉強になりました。

L講師

なるほどね。あ、大学の歴史を調べるのは面接対策にもなるから大事だよ。自分はこういう関心を持っていて、実際にこういう活動をしてきた、そして将来はこういう医師になりたい、一方で貴学もそういうことを大事にしていて、それは貴学の歴史に表れている、そこで自分は価値観の一致している貴学で学びたい、とね。

あと医療時事もおさえておいてほしい。2020年でいえば新型コロナウイルス感染症の他、終末期医療や遺伝子組み換え技術の関連だね。時事ニュースにアンテナを張れているかもポイントになるのだから。

生徒S

へぇ~。あ、今度面接対策をお願いします。ところで先生は何を読んでいるんですか?

L講師

メディア論を勉強したくてね。『別冊NHK100分de名著 メディアと私たち』(堤未果、中島岳志、大澤真幸、高橋源一郎/NHK出版)を読んでいるよ。

生徒Y

それ、医療に関係あるんですか?

L講師

医師として相対するのは、変動する社会のなかに生きている、喜怒哀楽を有した人間だからね。社会についての、そして人間についての理解を深めておくのは重要なことだよ。

だからだろうね、入試で人文系の書籍から頻繁に出題されているのは。だいたいが内容説明問題と意見論述問題の組み合わせ。だから国語苦手とか言ってる場合じゃないんだよ。
さぁ! 始めるよ授業。はい、テキスト開いて。

生徒Y

(始めるんだ授業……)

生徒S

(あと10分なのに……)

── fin ──

小論文試験で問われていること、それは ①正しい形式で、②正確な知識にもとづいて、③理路整然と自分の考えが説明できるか否か、です。

これができるようになるために、まずは「自分が何を考えているか」を可視化して、設計図にまとめるようにしてください。