むつ市長 宮下宗一郎氏インタビュー

地域全体にメスを入れる — むつ下北から世界を変える医師の育成を

右がむつ市長の宮下宗一郎氏、左はSAPIX YOZEMI GROUP共同代表の髙宮敏郎

日本全体を活性化させるために必要不可欠な施策となっている地方創生。地方から都市への人口流出が続き、過疎化や人口減少を恐れる地域にとっては死活問題ともいえる。そのような中、青森県むつ下北では、学校という場を核として地域活性化プロジェクトを進行している。代々木ゼミナールが子どもたちの学力向上を後押しすることになったのもその一環だ。

むつ下北の医師不足を解消したい──。同プロジェクトに寄せる想いや構想を、むつ市長 宮下 宗一郎氏とSAPIX YOZEMI GROUP 共同代表 髙宮 敏郎の対談でお届けする。

地域活性化プロジェクトの一環として『医学部進学・特進コース』を開設

青森県むつ市が取り組んでいる地域活性化プロジェクト『まさかり高校』。架空の『まさかり高校』の名のもと、下北地域の田名部高校・大湊高校・大間高校・むつ工業高校の生徒が地域活性化の取り組みを企画・立案しながら参画するプロジェクトだ。

2016年から約20人の生徒で実行委員を組織して会議を重ね、これまでインターネットで情報発信したり、同市内で行われる祭りのステージイベントの企画などを行ったりした。生徒がメンバーから巣立つときには卒業式も実施。宮下市長が一人ひとりに記念品を手渡し、奮闘をねぎらう様子も地元新聞でクローズアップされた。

宮下「私の実家は今も酒屋を営んでいますが、私が幼い頃は、実家も含め界隈の商店街には活気がありました。しかし、2000年に施行された大規模小売店舗法の影響で郊外への大型店舗の出店が進み、商店街が消滅してしまったのです。商店街というのはひとつのコミュニティであり、集う人たちに温かい目で見守られながら、私自身成長させてもらいました。そのような貴重な場が、ある日ふっと消えてしまっていいのだろうか。地域の実状をしっかり受け止め、それを反映する国策に携わりたいという想いが、まずは国土交通省への入省を後押ししました」

2014年、むつ市長就任後に立ち上げた『まさかり高校』は、まさに宮下市長の想いが結実した地域活性化プロジェクトだといえる。この『まさかり高校』の取り組みの一つが、2017年からスタートした『医学部進学・特進コース』の開設だ。

宮下「18歳人口については半島特有の問題があります。下北半島は本州最北端に位置し、八戸や青森といった都市から距離が遠く、教育の選択肢が狭くなりがちな点に課題を感じていました。医学部を目指すだけの学力をサポートしきれていないという反省もありました。『医学部進学・特進コース』の開設には、子どもたちの学力向上と医師不足の解消を図りたいという背景があります。」

宮下「青森県の平均寿命は2000年以降ずっと全国最下位、市という括りで見ると、むつ市の男性の平均寿命は最下位です。これは40~60代の早逝が多いことが原因で、生活習慣に関わる病気が社会問題の一つとなっています。しかし、下北地域における医療環境は決して良いとは言えません。中心部に民間病院がなく、むつ総合病院が担う役割は大きいです。そのむつ総合病院の内科の待ち時間は平均4時間。つまり医師の絶対数が少ないわけです。もちろん近隣市の病院にも相談しましたが、そもそも青森県が全国の中でも特に医師不足が深刻化しており、医師が学ぶ環境・働く環境を整える仕組み作りを進めている状況です。それならば、ここ下北から医師を目指す人材を育てたいと『医学部進学・特進コース』を開設するに至りました」

髙宮「最近、一部の教育機関でICT教育も推進されています。ICTを活用して、物理的な距離を取り払うことで授業を展開することも可能だと思うのですが」

宮下「教育の質が向上されるような新たなチャレンジはどんどんやってみるべきだと思う一方で、子どもたちを実験台にはできません。ICTを活用するよりも、講師が直接生徒を指導する環境が望ましいと考えたのです」

髙宮「他県の高校でも医学科進学コースを強みにPRしているところがあります。下北地域も同様に、“下北から医師育成”のイメージを全国的にアピールしていきたいですね」

『まさかり高校』出身生徒が
秋田大学医学部医学科に現役合格

『医学部進学・特進コース』は市内高校1・2年生を対象としている。英語と数学、そして現代文の3科目で春期・夏期・冬期と講習会を実施。それぞれの科目を担当する代ゼミ講師が授業を行い、テキストは『まさかり高校』のために講師が独自に用意したものを使う。地元での講習会だけでなく、2018年12月には、代ゼミタワー校舎にて学習アドバイス講習会も実施した。下北半島という土地柄、気軽にオープンキャンパスに参加できない高校生に大学の授業の雰囲気を感じてもらえるよう、代ゼミはこれまで様々な支援を行ってきた。

こうした取り組みが功を奏し、2019年度は『まさかり高校』で学んだ田名部高校出身生徒が現役で秋田大学医学部医学科に合格した。同医学部は必修の初年次ゼミを筆頭に、豊富なグループワークなど実践的な学習が特徴。また、2015年度から医学教育のグローバル化に対応した新しい医学教育カリキュラムをスタートさせ、専門科目の座学を英語で展開する。

むつ市長 宮下宗一郎氏

宮下「彼は、とても熱心に『医学部進学・特進コース』で学んでいた生徒の一人です。様々な地方国立大学の選択肢がある中、地域医療等社会的ニーズに着目し、なおかつ国際的視野を備えた人材育成に力を入れている秋田大学を選んだと言っていました。こうした生徒が『まさかり高校』から一人でも多く出てくれることを願っています」

髙宮「『まさかり高校』から巣立っていった生徒たちのサポートは、何か行っているのですか」

宮下「市内出身で医学部に進学した生徒には奨学金を出します。国立大学への進学だけでなく、留学でも可能です。受験サポート以外に、進学後も充実した学習環境が継続できるよう様々な制度を整えていきたいですね」

平準化を保証する教育と
実力・可能性を伸ばす教育

宮下市長は2012年から外務省へ出向し、ニューヨーク日本国総領事館に赴任した。現地校へ通う我が子を通して、アメリカと日本の教育現場の差を痛感したと言う。

宮下「まず校舎が日本の校舎とまったく違います。お城のようにオシャレで柵がなく、オープンなつくりです。日本は校門と柵によって厳格に敷地が決められ、効率の良さを重視していますよね。また、アメリカではとてもポピュラーな教育として“スピーチ教育”があります。たとえば、自分の家族についてポスターを作成し、発表と皆からの質疑応答を受ける。少々スペルが間違っていても、周囲の大人たちは笑って見守るだけです。個性の尊重といいますか、義務教育の期間ですべての基礎となる知識をシステマチックに授けていく日本と比べ、自由な学びが中心だと思いました」

髙宮「評価のポイントも違いますよね。特にアメリカでは、義務教育期間から大学・企業面接の際にもリーダーシップが主要な評価項目のひとつです」

宮下「人前で論理的に話すこと(パブリック・スピーキング)をとても重視していますよね。アメリカでは中学でも高校でも大学でもパブリック・スピーキングの授業が必ずあります。また、マイノリティの人たちに対してとても配慮があるのも印象に残っています。障がいを持ったすべての子どもに教育を受ける権利があるという考えのもと、一人ひとりの子どもたちにとって適切な教育プランをつくって対応するのです。学校は障がい児に健常児と同じ学習環境を提供する義務があり、差別しないための様々な配慮がなされていました」

髙宮「多様な人々が共存するアメリカならではの教育ですね。多文化社会では、自分の考えを明確に言葉で主張しなければ相手に正しく理解されません。自由で主体的な学びに対応し、新たな学力エリート層を生み出すのがアメリカの強みでしょう」

宮下「日本の教育は、能力の平準化に重きを置いていると思います。たとえば、段階評価でAという優れた学力の生徒がいたとすれば、Aの生徒は能力的に十分だとみなされます。そうすると、その後の授業はAの生徒の成績をさらに伸ばすというより、他の生徒の学力を底上げするための方策が考えられるわけです。確かに教育格差の解消は大事ですが、世界の中での日本の立ち位置を考えたときに果たしてそれで良いのでしょうか。これからは科学技術や医療、様々な分野において活躍できる人物が出てくるべきです。教育が国家の根幹を成していると考えれば、公教育から変えていく必要がありますよね」

地域包括ケアに将来性を感じ、キャリアを磨く場として捉えてほしい

様々な教育環境の充実に着手してきた宮下市長は、更なる構想を描いていた。

宮下「今夏から東京大学と連携し、市内の小中高生を対象とした人材育成事業を展開します。『下北から東大生』『下北からプロ選手』『下北からベンチャー』という3分野のプロジェクトで、2019年~2021年度の3年間を予定しています。」

宮下「『下北から東大生』は、まさに学力向上を狙うものです。『医学部進学・特進コース』をベースに展開し、東大の研究者や学生を講師に招いて国内トップレベルの知見を活かし特別講習会を行います。『下北からプロ選手』は、高校野球をはじめスポーツ全般のレベル底上げが目標です。選手の指導方法や食育に関する指導者向け講習会などを計画しています。『下北からベンチャー』は、産学連携分野の研究者などから協力を得て、起業やビジネスについて学ぶ場をつくる想定です。将来的には起業件数や働く場の増加、地域経済活性化につながることを期待しています。こうしたプロジェクトを増やし、日本でトップの人や研究に触れる機会を下北でどんどん提供していきたいですね。子どもたちの夢を応援しながら、医師と同じように、地域を支える人材や世界的に活躍できる人材を育成していきます」

SAPIX YOZEMI GROUP共同代表 髙宮敏郎

髙宮「アメリカのエリート教育に通じる、新たな人材の輩出が期待できると思います。先には医師の絶対数が少ない総合病院に患者が押し寄せる深刻な話題も出ましたが、医師も専門性の高いスペシャリティが望まれるのでしょうか」

宮下「普遍的な産業である医療において、国際社会における日本の立ち位置を確立することは重要です。しかし、下北地域に目を向けた場合、スペシャリティ領域が必要かというと少々疑問ですね。オールマイティに仕事をこなすジェネラリストと、専門性に特化したスペシャリストのどちらを目指すかは人それぞれの考え方です。ただ、もし“日本では専門医重視である”と考えている人がいるなら、それだけの考えに固執しないでほしいと思います」

宮下「地域包括ケア病棟で求められる医師は、基本的にジェネラリストです。何か臓器別の専門領域を持っていたとしても、それ以外の疾患にも裾野を広げ、総合的に診ることが望まれます。ある意味、専門領域同様に哲学的理解や対人能力は必要不可欠だと思います。また、医療を行うだけでなく地域内の医療資源を配分するような観点も必要です。つまり、医療機能をまんべんなく押さえることで、人々が安心して暮らせる魅力的な地域づくりに貢献できると考えられます。人口の高齢化を迎えた今は、地域包括ケアの時代です。新たなヘルスケアシステムに、ぜひ可能性を見つけてほしいと思います。」

宮下「こういった想いや構想は三上剛太郎という医師がきっかけです。下北半島が生まれ故郷の三上先生は1905年の日露戦争で軍医として従事し、手縫いの赤十字旗を掲げ、敵味方関係なく多くの負傷兵の命を救いました。1963年ジュネーブで開かれた赤十字百年記念博覧会ではこの手縫いの赤十字旗が展示され、世界中に感動を与えたとされています。日露戦争後は下北郡佐井村に戻って開業し、地域の医療に尽力。その高い志は、下北地域民の誇りとして今も語り継がれています。私がお伝えしたいのは、医療のジェネラリストとして歴史に名を残した人がいるという点です。むつ市には、これまで栽培が困難だと言われていたフランス・ブルゴーニュ地方のブドウ品種『ピノ・ノワール』を栽培し、日本を代表するワインを作り上げ、果樹不毛の地と言われるこの地で、新しい道を切り開いた人もいるのです」

宮下「医師もこの話と同じです。地域に出るという選択肢は、目の前の患者だけでなく地域そのものを治療するということに繋がります。特定の疾患の特定の部位を完璧に治すスペシャリストはかっこいい、でも、そこから更に地域を変え日本を変えるジェネラリストはきっと尊敬されることになるでしょう。医療の原点に立ち返り、より多くの人々を救った三上先生のように、地域全体にメスを入れたい、そういう志を立てる医師がむつ下北を含め日本全国から育ってくれることに期待しています」

『まさかり高校』プロジェクトとは

青森県むつ市が、むつ下北地域の学力向上と医師不足の解消を図るとともに、地域に必要な人材は地域で育てるという観点から、医学部医学科や難関大学を目指す地元の高校生を支援するプロジェクト(正式には『まさかり高校医学部進学・特進コースプロジェクト』)のことで、これまでに講習会や東京での大学見学等の支援を行っています。まさかり高校の「まさかり」とは、下北半島がまさかりのかたちをしており、高校生へ故郷に深い愛着を持たせる意味を込めて、このような名称がつけられたとされています。

代々木ゼミナールでは、2017年8月に、英語・数学・現代文を担当する代ゼミ講師がまさかり高校の生徒(高2生)を対象に授業を行い、翌年度には夏期講習会(2018年8月)、冬期講習会(2019年1月)と春期講習会(2019年3月)の年3回の講習会を実施しました。また、2018年12月には在京の大学見学ツアーのプログラムの1つとして、代ゼミタワー校舎にて学習アドバイス講習会を行いました。その結果、2019年度入試ではまさかり高校から秋田大学医学部医学科の合格者を出しています。

■まさかり高校プロジェクトにおける代々木ゼミナールでの主な取り組み

  • 2017年8月 英語・数学・現代文による夏期講習会(高2生)
  • 2017年9月 むつ市長 宮下宗一郎氏とSAPIX YOZEMI GROUP共同代表 髙宮敏郎による対談
  • 2018年8月 英語・数学・現代文による夏期講習会(高2生)
  • 2018年12月 大学見学ツアーの一環として、学習アドバイス講習会
  • 2019年1月 英語・数学・現代文による冬期講習会(高2生)
  • 2019年3月 英語・数学・現代文による春期講習会(高1・2生)

※本インタビューはSAPIX YOZEMI GROUPが発行している「2019医学部AtoZ」(2019年7月発刊)に掲載されたものです。

ページトップへ