Special Interview
株式会社寿技研 代表取締役
KOTOBUKI Medical株式会社 代表取締役
高山 成一郎 氏
1968年埼玉県生まれ。室蘭工業大学機械工学科中退。大学在学中に父が倒れて退学、家業である寿技研に入社。以後、自動機製作、金型、機械加工等の現場、設計など幅広く経験を積み、現在の製品開発に生かす。2005年、寿技研代表取締役に就任。18年、寿技研から手術トレーニング用品部門が独立する形で、KOTOBUKI Medicalを法人化。腹腔鏡手術トレーニングBOXをはじめ、コンニャク由来の模擬臓器「VTT」によって知名度を伸ばしている。
食品でできた手術トレーニング用
模擬臓器をつくる医療系ベンチャー
これまでにない、「コンニャク粉」を使った模擬臓器の開発で、日本の外科医の手術トレーニング環境を激変させ、急成長を続ける医療ベンチャーKOTOBUKI Medical。開発の経緯や意図について、代表取締役社長の高山氏に、じっくりと話を聞いた。
「手軽に手術の練習ができる環境を」外科医のニーズに応える
私たちの会社が製造しているのは、手術の練習用のトレーニング器具です。大きく二つのカテゴリーに分けられるのですが、一つは2012年にスタートした腹腔鏡手術のトレーニング器具です。主に「トレーニングBOX」「ドライBOX」などと呼ばれています。
腹腔鏡手術というのは、おなかに小さな穴を4~5ヵ所開け、そこからメスや小さなカメラを入れて行う手術のことです。おなかに大きな傷を入れて行う開腹手術に比べて、患者さんの体の負担が少ないために、現在、外科手術の中で主流になりつつあります。
ただ、これまで行われてきた開腹手術と大きく違う部分があります。それは、腹腔鏡手術はカメラに映し出された「2次元の画像」を見ながら、「人体という3次元の手術」を行うことです。
開腹手術では目で確認していたものを、モニターの画像を見ながら奥行きをつかんで、切ったり、縫ったりしなければいけなくなりました。そのため、画像から実際の距離感をつかむのに、練習が必要になるのです。
しかし、練習用のトレーニング器具は通常100万〜200万円もする高額なものです。病院や大学に設置してあるものの、若い先生や忙しい先生方が、いつでも好きなときに練習できるという体制ではありませんでした。
ある日私は、知り合いの外科医の先生から、「いつでも個人的に手術の練習ができるよう、自作のトレーニング器具をつくっている」と教えてもらう機会がありました。そこで私が見せてもらったものは、段ボールに穴を開けただけのもの。それを見て、私は少なからずショックを受けました。「高度な手術の練習を段ボールでしているのだ……」と。ただ同時に、段ボールでできた簡易なものを使ってでも練習をしたいという先生の熱意に、こみ上げるものもありました。
これが「忙しい先生たちに、すきま時間を使いながら納得のいく練習ができるようなトレーニング器具をつくりたい」と思うようになったきっかけです。そして完成したのが、腹腔鏡手術のトレーニングBOXです。
現場に立つ外科医の先生方に何度もアドバイスをいただきながら、弊社の培ってきたものづくりの技術を駆使して、実際に行う腹腔鏡手術に近いトレーニング器具になりました。この製品は約2万~4万円という安価で入手でき、耐久性に優れているため、何度も練習したいという先生方にご好評をいただいています。
食品であるコンニャク粉で、模擬臓器「VTT」を開発
もう一つの製品は、2015年頃から開発をスタートした、コンニャク粉を成分とした模擬臓器「VTT(Versatile Training Tissue)」です。Versatileとは、「万能」という意味ですが、この模擬臓器はコンニャク粉などの配合を変えることで、強度、硬さ、伸縮性、色、形を自在に変更することができるのが特徴です。
それまで医療現場で手術の練習に使っていた模擬臓器は、豚などの動物の臓器でした。しかし、動物愛護の観点から「動物を使わないで練習をしたい」という希望は多くの先生が持っていましたし、また、廃棄するのが難しいなど衛生面でも課題がありました。
あるいは、シリコン樹脂やプラスチック製の模擬臓器もあります。ただ、電気メス、超音波メスといった熱を放出する手術道具の練習には、熱で溶けやすいシリコン樹脂やプラスチックの模擬臓器は使えないものも多いのです。加えて、それらの製品は非常に高価で、何度も繰り返し練習できるというものではありませんでした。
「使いやすく、手頃な値段の模擬臓器が欲しい」。このような外科医の先生方の切実な願いを叶えるために、「手術の練習に手軽に使うことができる、今までにない模擬臓器をつくる」。それが私の新たな目標になりました。
ただ、模擬臓器の素材として、最初からコンニャクを活用することを思いついたわけではありません。これまでとはまったく違うアプローチで模擬臓器をつくろうと決めた後も、いいアイデアが浮かばないまま数ヶ月が過ぎていきました。
転機は「食中毒事件が起こったことで生レバーが禁止され、その代替品として食感や外観を似せたコンニャクがメニューとなっている」というニュースを耳にしたことです。「コンニャクがレバーの代わりになるのなら、模擬臓器にもなるかもしれない」という思いつきが、一気にリアリティのあるアイデアになっていきました。
15年3月から、コンニャク粉を利用した模擬臓器製作の実験に入りました。毎日、コンニャク粉をはじめとした素材をさまざまな配合で、臓器に似せてつくります。最初の頃はゴワゴワして「これは臓器というよりさつま揚げだよ」なんて言われることもありました。もっと肉っぽく、もっと本物の臓器のように、という試行錯誤を2年間、毎日繰り返したのです。うまくいかない日が続くなか、3カ月に1回、半年に1回というタイミングで、ものすごく技術が大きく進歩することがありました。「これか!」という瞬間です。こういった瞬間は、ものづくりの仕事の醍醐味でもあります。
- トレーニングBOX・VTTが必要とされる理由
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●体に負担が少ない治療へのニーズ
患者さんの体に負担が少ない腹腔鏡手術などの低侵襲手術へのニーズの高まりがある。開腹手術のように目で確認しながら行う手術よりも、高い技術と多くの経験が必要になる。●医療技術・医療機器の進化
手術支援ロボットの普及や鏡視下手術の対象の広がりなど、医療技術や医療機器はどんどん発展しており、それに伴い、医師側のトレーニングも不可欠となっている。●手軽で低コストなトレーニング環境
動物や検体よりも手軽で、環境面や倫理面で優れている。さらに低コストであるため、繰り返しトレーニングできる環境を提供できる。