「まさかり高校プロジェクト」ーむつ市から東大へー/むつ市長 宮下宗一郎氏が考える地域の教育

むつ市長 宮下宗一郎氏が考える地域の教育

青森県むつ市から30年ぶりの東大合格者を出した「まさかり高校プロジェクト」。代々木ゼミナールも後押ししている同プロジェクトと地域の教育について、むつ市長 宮下宗一郎氏にSAPIX YOZEMI GROUP共同代表 髙宮敏郎が話を聞いた。

※地域活性化の一環としてスタートした「まさかり高校プロジェクト」の取り組みや今後の構想について、むつ市長 宮下宗一郎氏からお伺いした内容はこちら

むつ市長 宮下宗一郎氏

SAPIX YOZEMI GROUP共同代表 髙宮敏郎

「まさかり高校プロジェクト」の成果と今後の期待
プロジェクトの中で見えたもの

髙宮 「まさかり高校プロジェクト」は、地域から育成しなければ地域に人材が定着してくれない、といった市長の問題意識から始まったと思いますが、参加者から、2019年度に秋田大学医学部医学科、2020年度には東京大学の合格者を出しました。プロジェクト開始当初の期待とこれまでの結果を含めて、どのように感じていますか。

宮下 プロジェクトを開始する前は、受験対策としての勉強が必要であることをむつ市の子どもたちが理解しているか、理解した上で実践しているか非常に不安がありました。そのため、このプロジェクトで日頃の学習を超えた受験対策としての勉強が実践できることに期待していました。始まってから思ったのは、勉強の内容以上に、講師の方々の熱意や教え方・ノウハウが生徒にとても素直に伝わって、学びへの意欲が非常に上がったということです。今後は早い学年からプロジェクトに取り組んでもらい、日頃の学習からモチベーションを高くもつ生徒が多くなってくれればと思っています。

むつ市は、子どもの数が少なくなり、高校もほぼ全入で、競争することがほとんどなくなっているのが現状です。そうすると、中学生の時点で、受験勉強というものをしなくなる。その状態で大学受験を迎えて全国の受験生と競争しても、太刀打ちできなくなってしまいます。その意味でも、早くから意識付けをしたいですね。また、プロジェクトの授業を見に来る学校の先生もいて、講師の教え方が非常に参考になるという話がありました。これからは学校の先生にも参加してもらって、教え方や受験対策の要点といったノウハウを教わるというのも、今後期待するところです。

髙宮 日頃の勉強の延長線上に受験対策が成立すればよいのですが、教科書の問題を解くだけで受験に合格できるかというと、それも厳しいだろうというのが現実。その中で受験のノウハウをお伝えすることができたのであれば、お手伝いした意味がありました。

一方、受験に向けたモチベーションは非常に重要で、合格できるかもしれないと生徒が感じることも大切だと思います。首都圏の学校であれば、あの先輩が合格している、学年の中で上位にいれば大丈夫、というような手ごたえを感じながら日々を過ごしていますが、何十年も東大合格者が出ていなかったむつ市の環境から、合格を掴み取るのは至難のことだと思います。むつ市の学校の先生も、東大生を見たことすらない方が多いのではないでしょうか。

宮下 現在、東大合格者を輩出している学校が青森県内には主に3つありますが、学校で1人か2人。その学校の先生は東大生を指導した経験があると思いますが、その経験がない人は関わったこともないかもしれません。

髙宮 だとすると、学校の先生は東大生がどんなものか実感もないまま指導し、生徒は実際の東大生を見たことがない状態で東大を目指すということで、非常につらいことではないでしょうか。

宮下 東大合格者を出した高校の先生は、教えるのが大変だと言っていました。これは先生の率直な想いだと感じていて、どのように指導すればよいか、戸惑いもあったのだろうと思います。高校2年生の頃から個別指導にならざるを得なかったとも聞いていますが、そのような中、プロジェクトで支援できたのは大きな意味があったのではないかと思います。

髙宮 東大でいえば共通テストに比べ2次試験の配点比率が高いですが、2次の記述対策は自分で書いたものを誰かに添削してもらうプロセスを踏まないと、なかなか力がつかない側面もあります。東大合格者を多く輩出している学校では、添削指導に時間をかけているという話を聞くので、記述対策のノウハウを蓄積・確立することも必要になると思います。

宮下 むつ市の学校現場では、受験対策は学校の勉強とは別のものであるという意識がまだ根強いようで、記述対策のための添削指導はなされていないのではないかと感じています。指導に対する意識のシェアもできていないのが現状ですね。

髙宮 確かに高校もほぼ全入となっている状況で、受験に向けた指導意識が共有できていないと、首都圏の高校生と戦うのはハードルが上がってきてしまうかもしれません。しかし一方で、勉強の方法論が浸透すれば、首都圏の高校生と戦うことができるということでもあると思います。プロジェクトでは、それを少し形にできたのではないでしょうか。

宮下 そうですね。プロジェクトの授業を担当する講師の方々は、生徒たちが聞いたことのないような話をしてくれました。私自身も何度か受講させてもらいましたが、それぞれの授業が面白く、こうやって勉強すればいいのかと思わせられましたね。

コロナ禍で進むオンライン・リモート環境
変化する環境において地域の教育の未来とは

髙宮 コロナ禍でいろいろなことを一気にオンライン・リモートで実施しなければならなくなり、さまざまな面が変化しました。オンライン・リモートに関して今後の見立てや期待はありますか。

宮下 距離と時間がほとんど意味をなさなくなるという時代がいよいよ到来しつつあるので、地方にいる我々にとってはチャンスが広がると思います。勉強の分野でも、リモートが一般的になれば、地方の子どもも首都圏の子どもも同じ授業が受けられるようになりますし、全く差がない環境が整うことにつながるかもしれません。必ずしもすべてを学校の先生が教える必要はなく、塾や予備校の先生の指導も利用するといったように、新しい世界が広がるのではと思っています。

髙宮 少子化が進み、学校の数をこのまま維持するのが厳しいという側面もあるのではないかと思うのですが、小中学校の統廃合なども進む中で、オンラインを含めた今後の学校事情はどのように考えていますか。

宮下 コロナ禍で感じたことは、学校という場は必要であるということです。子どもたちが学び合うことの大切さ、同じ年齢くらいの仲間が集まって、勉強や部活、さまざまな学校活動を行うことが、いかに子どもたちの成長にとって重要であるかを感じさせられました。一方で、授業を行うのは、必ずしも学校という場である必要はないと思います。学校は学び合いのための場として存在し、授業に関してはオンラインなどを取り入れるのが、時代にあったやり方かもしれません。その上で、学校の6・3・3制という学びの仕組みや、小・中学校、高校という区分を改めて見直し、教育の枠組みを柔軟にすることや、枠組みの設定を地域に任せて多様性をもたせるといったことを検討するのも大事だと思います。

髙宮 オンライン・リモートの環境が整備されれば、子育てや介護の面などを家庭で支え合うことができ、それが少子化に歯止めをかけることにもつながるのではないか、住む地域も問わなくなるのではないかと考える部分もありますが、少子化や地域の状況は変わるでしょうか。

宮下 変わる可能性はあると思います。ただ、住むことに関して重要になるのが、教育の環境です。例えば中学や高校への進学を控えている家庭の場合、教育環境が整っていない地域であれば、単身生活を選択して、家族での居住を避けるケースがよくあります。教育環境に地域の存亡がかかっているともいえます。そういった中で、優秀な人材をむつ市から輩出できれば、むつ市に何らかの還元があることも考えられます。そして、オンラインの発達こそが、優秀な人材が世界で大きく活躍できる状況を後押ししているとも思います。

少子化は、一人ひとりの子どもをより大切に育てられる、教育という将来への投資を大きくできる機会でもあると思います。地域でどのように子どもを育てるか、地域をどうつくっていくかにもリンクさせて考えていきたいですね。

髙宮 最後にこのコロナ禍で、さまざまな状況の中、頑張っている方に向けてメッセージをお願いします。

宮下 コロナは始まったものである以上必ず終わります。しかし、それぞれの地元はこの先ずっと存在するので、皆さんにとって戻ってこられる土地だと思うし、心にあることが支えになってくれればと思います。地元から離れている方は、今戻らない勇気や戻れなくなった気持ちを熱意に変えて、更なる高みを目指してほしいと思います。