京都大学大学院理学研究科久家慶子教授インタビュー

Special Interview

京都大学大学院理学研究科 地球惑星科学専攻 地球物理学教室 教授 久家 慶子 氏

京都大学大学院理学研究科 地球惑星科学専攻
地球物理学教室 教授
久家 慶子 氏

京都大学大学院理学研究科 地球惑星科学専攻 教授。理学博士。専門は地震学。1985年 東京工業大学理学部応用物理学科卒。91年 東京大学大学院理学系研究科 地球物理学専攻博士課程修了。日本学術振興会海外特別研究員としてカリフォルニア大学サンタクルーズ校で研究を行う。91年より、京都大学理学部にて教鞭をとる。
著書に「生き延びるための地震学入門

数値を分析し、謎を探る。地震の研究は推理小説と同じ

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人類が最も深く掘り進めたのは約12km(1989年、旧ソ連)、地球の半径約6,400kmの0.19%に過ぎない。実際に観察することが困難な地球の内部構造や地震を、地震の揺れから推測する。推理小説のような面白さに惹かれ、研究に取り組んでいるのが京都大学の久家慶子氏だ。

地震は生きている地球を知るためのパズルのピース

私がどのような研究をしているのかをひと言で表すなら、「推理」です。地震学というのは、実は推理小説を読み進めるような研究だからです。もしかすると、皆さんが「地震学」と聞いて思い浮かべるものとは、かなり違うかもしれません。

地震というと、一般的には「予知」「防災」「災害」などに意識がいくものですが、実はそれだけではありません。地震は私たちに、地球が生きていることを教えてくれます。そして私たちが地球を知るためのパズルのピースを与えてくれます。地球の内側を垣間見るきっかけ、それが地震なのです。

地震は日本に住んでいる人なら誰もが経験したことがある、身近な自然現象です。しかし、なぜ地震が起こるのか、どのように起こるのかということは、まだまだ解明されていません。特に、地球の表面ではなく、少し深いところで起こっている地震については、わからないことばかりです。

「深いところで起こっている地震」といっても、地球の半径と比較したらそれほど深いわけではありません。地球の半径は6,400kmほどですが、約70%の地震は地表から60kmまでのところで起きています。2011年に東日本大震災をもたらした東北地方太平洋沖地震や2016年の熊本地震がそうですね。一方、数は多くないのですが、深さ60~700kmのところでも地震は起きています。私が研究しているのは後者のほうで、「深発地震」と呼ばれています。

地震学の何が面白いかというと、その面白さには二つの側面があります。一つは先にお話した「推理小説」のような面白さです。地震が起こると、伝わった地震波、「揺れ」が各地で記録されます。「揺れ」と言ってもいろいろあって、1回だけ揺れたり数回揺れたり、揺れの続く時間が長かったり短かったりなどと、さまざまです。どのような揺れが、時間とともにどのようにいろいろな地点に伝わったか、ということが記録として残ります。これらは、地震の起こり方とともに、地球の中の地震波の伝わり方に左右されます。だから、揺れの記録から、地震がどのように発生したかだけでなく、地球の内部がどのような構造になっているかを「推理する」ことができるのです。

もう一つは「見えない足元の実物をみる」というところです。地球は、自分たちが住んで生活している「足元」にあります。しかし実物がここにあるのに、掘り下げていって、直接見ることはできない。何もしないと何もわからない。それを地震波の計算と分析によって「みる」という面白さがあります。また、地球以外に月や火星で地震が起きていることも知られています。地震学は他の星を「みる」ことにも通じているのです。

京都大学は阿蘇などに火山の観測所も持っています。学生も、阿蘇の火山を間近で見ると、地球が生きていることを感じて心を打たれるようです。感動から一歩進んで、「調べたい」と思ってくれる学生が一人でも多くいるといいなと、いつも感じています。

数学から応用物理学へ 気がつけば研究者の道に

京都大学で教えるようになって、もう30年を超えます。東京工業大学の修士課程を修了した後、博士課程を1年終えたところで東京大学へ移り、そこで博士を取得しました。日本学術振興会海外特別研究員としてカリフォルニア大学サンタクルーズ校で研究をした後は、ずっと京都大学にいます。

最初から地震に興味があったわけではありません。もともと好きだったのは数学です。高校で物理という学問に出合い、「物理をやろう」と決めました。数学はその「道具」として使えるのではないかと思ったのです。宇宙にも興味があったのですが、当時は宇宙を専門とした学科が多くなかったので、物理ができるところを探し、東京工業大学理学部応用物理学科(現・理学院物理学系)へ進みました。

そんな中、地震学を専門にしたのは、たまたまでした。4年生になると、卒業研究のために所属する研究室を決めなければなりません。応用物理学科に多かったのは、原子・電子・半導体などの研究室でした。でも、自分にとってそういった研究はあまりピンとこなかった。実物があるものを研究したかったからです。そこで入ったのが「地球科学」の研究室で、それをきっかけに地震学に携わるようになったのです。

ただ、この時点で「研究者になるぞ」と決めたわけではありません。実際に就職活動も経験しました。しかしその頃は、企業が女性の技術職を求めている雰囲気があまりなく、研究がだんだん楽しくなってきたこともあって、大学に残ることにしました。

修士になると、自分で考えて、自分で計画して、自分で実行できる。研究を自らデザインすることができるのです。そのうち、「ここでやめちゃうのは、もったいないかな…」と思うようになりました。もちろん不安もありましたが、それよりも楽しくてやめられなくなってしまったというのが本当のところで、それが現在まで続いている感じです。

揺れのモデルと観測を比較し、地震の正体を探る

私が興味を持っている「深発地震」は、表面ではなく、少し深いところで起きている地震です。浅いところでは、プレートの境界などが急にずれることで地震が発生します。しかし、地球は深くなると圧力と温度が上がり、普通に考えれば急にずれるという現象は起きません。それにもかかわらず、数百kmの深さで、浅発地震と同じ急なずれが発生したかのような地震が起きている。これが深発地震の謎です。

深発地震が起こる地球の中のマントルと呼ばれる部分は固体ですが、何億年という長い時間スケールでは流体のように動いてみえます。その表れの一つが、プレートの移動。プレートが動いているのは、地球の表面だけではありません。海溝から地球内部へ沈み込んだプレートは、より深くに移動します。深発地震は、この沈み込むプレートの中で起きています。

深発地震は、700kmより深くでは起きていません。この下限となる深さのそばでは、高い圧力と温度によって岩石の原子の配置が変化すると言われています。つまり、違った性質の岩石に変わるということ。このような岩石の性質の変化が起きるあたりで、プレートの内部で何が起こっているか。深発地震との関係はどうなっているのか。これがまさに、現在私がテーマとしていることです。

そのために使っているのが、地震の「揺れ」です。観測された地表での揺れを分析する一方、物理と数学をもとに同じ揺れを計算で復元して「地球内部のモデル」をつくっています。

例えば、岩石の性質が変わる深さが違うモデルに対して、深発地震が起きたときの地表の揺れを計算します。岩石の性質が地震の位置より深くで変わるモデルでは、複数のパルスからなる複雑な揺れが予測される。一方で、地震より浅くで変わるモデルでは、単純なパルスの揺れが予測される。実際に深発地震で観測した記録を、これらのモデルの計算結果と比べれば、どちらが起こったのかを推測することができるわけです。

岩石の性質が変わる深さと地震の深さを各々測ればいいのですが、私たちは地球内部を厳密には知らないため、なかなか正確に測ることはできません。しかし、理論モデルを用いて揺れ方の「ものさし」を用意しておけば、実際に起きた揺れをそのものさしに当てはめるだけで、2つの位置関係を正確に把握することができるのです。そこから、地震の発生と岩石の性質の変化の関係性を読み取ろうというわけです。

観測しているのは地表です。しかし調べているのはその700km先の地球の中。観測された現象を、理論モデルでうまく説明できたら、推理は成功というわけです。深いところで起きている地震を観測するということは、決して見ることができない地球の中身を考えることに繋がります。プレートの動きによって何が起こっているのか、それを知るためのヒントになるのです。