東京大学大学院経済学研究科佐藤泰裕教授インタビュー

人の行動に起因する社会問題 その本質を理論でひもとく

私の研究テーマはいくつかあり、自治体の政策による効果が、他の自治体に及ぼす影響を分析することもその一つです。

例えばふるさと納税ですが、言ってしまえば一つの財源を各自治体で奪い合うという仕組みですよね。いかに他の自治体よりも納税者を増やすかの競争が起き、一時期、返礼品がどんどん高額化していって問題になりました。こうした仕組みは上手に設計しないと、本来のメリットになりません。経済学の理論を使うと、返礼品の上限をどう設定するのが適切なのか導き出すことができます。

もう一つ似たような例を挙げてみましょう。世界に目を向けると、他国から企業を誘致するために法人税を低く設定している国々があります。しかし租税競争が過熱すれば、必要なラインを超えて税を下げてしまうことになりかねません。そこでいくつかの主要国が話し合い、適正な法人税の設定に向けた合意を目指すことになります。

ただ、小さな国々は誘致を優先したいので合意したくない。そこで大国がリードして落としどころを見つけていくわけですが、交渉には納得できる裏付けが必要です。このとき適正な法人税額を割り出すのが、経済学に則った理論なのです。このように、今現在の社会で問題になっていることを研究テーマにして社会の流れに寄り添っていく側面が、経済学にはあります。

経済学の魅力を改めて考えてみると、社会問題の解決に貢献したいという気持ちと、個人的に思い入れがある問題を解決したいという気持ち、この二つが合致したとき、モチベーションを上げて研究が進められるということでしょうか。私にとっては、地方出身者として、地元活性化の一端を担う企業誘致と租税競争がうまく合致したテーマでした。

ただ、このバランスが難しい。自分の好みだけでは、研究の成果は出せないという側面があるからです。研究者の成果とは何かというと、一つは国際的に名の通ったジャーナルに論文が掲載されることです。審査で研究内容を精査され、合格してジャーナルに掲載されて初めて、社会に実装される理論になり得ます。職業人として、プロフェッショナルとして、成果を出さねばならないと考えると、世界的な問題と認識されているテーマの方が、研究への注目度も、ジャーナルへの掲載機会も高くなるのです。

研究はテーマごとに2~3人のチームで進めることが多いですね。どんな人が研究者に向いているかというと、端的に言えば「打たれ強い人」でしょうか。前述のようにジャーナル掲載には審査があります。ところがレフェリーが匿名であることがほとんどなので、その審査では大抵、ボロボロになるまで批評されるんです。そこまで言うか、という感じなんですが、そこでへこんであきらめてしまっては、その先に進めません。打たれても立ち直れる強さは研究者にとって必須です。

研究者には打たれ強さが必須と語る佐藤教授

東大でしか学べない分野がある 努力して入る価値がある大学

東京大学には他大学とは違う特徴があります。それは1、2年生の間は全員が教養学部に所属するということです。他大学なら、経済学部に入学したら1年生から4年生まで在籍し、4年間コツコツと専門知識を積み上げていくイメージですが、東大は進学選択後の2年半で集中的に学ぶカリキュラムを採用しています。

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ただ、そこが性格的に合う人、合わない人に分かれる気がしています。合う人は教養学部の2年間を有意義に使って幅広く勉強しつつ、自分の専攻をじっくり選ぶことができますが、私のように最初から専門の勉強を始めたかった人間には、ジリジリと我慢する時間でしかありませんでした。

しかし、東大にはとても優秀な学生が集まっているので、周囲との交流で刺激を受ける機会が多いのは間違いありません。そういう環境のもと、伸びる子は本当に伸びます。私は名古屋大学と大阪大学で教え、今は東大で教えていますが、学生の優秀さでいえば、大きな差はないと感じています。みんなそれぞれに賢いし、指示したことは大体できる学生ばかりです。少し違うかもしれないのは、メンタリティですね。東大生は圧倒的に自信を持っています。それは厳しい受験に勝利したという自負なのかもしれません。自信があり、さらに慢心せずに努力ができる人たちが集まっている印象です。

私は教養学部時代にはハマりませんでしたが、東大は頑張って入学する価値のある大学だと断言できます。日本における学問の最高峰なので、ここにない分野は他の大学にもないし、ここでしか学べないことは確かにあるのです。探求したいことが見つかったら、のめり込むくらい楽しい場所ですから、後悔はしないでしょう。自分のテーマがもし見つからなかったとしても、就職活動でのバリューは高いですから、「損」はしないはずです。これ、経済学者的な考え方ですか?(笑)

私のゼミの学生は、大学院に来る子は学年で1人か2人で、ほとんどが学部卒で就職します。就職先は商社やディベロッパー、鉄道、金融、官庁なら国交省と、都市関連が多いものの業界はバラエティに富んでいます。

また、大学院卒の就職難が取り沙汰されることがありますが、経済学的な観点から思うところがあります。興味のある研究に邁進するのはいいことですが、人気のテーマを選んで数多くいる優秀な先輩たちと競うことになり、なかなか就職できないケースがある。これだけ経済を勉強しているのに、需要と供給を考えないのはいかがなものかと(笑)。自分が生き残れそうで、かつ興味のある分野をきちんと選ぶことで、院卒の就職率は向上するのではないでしょうか。せめて、就職のための研究と自分の興味のための研究、両輪で準備していくといいですね。

研究者を目指すにせよ就職するにせよ、経済学は数学に近い領域から社会問題に直結する領域まで幅広く、それぞれの視点から世界の仕組みをひもといていきます。ぜひ、学問の魅力を実感してほしいと思います。

※本インタビューは「2023東大京大AtoZ」(2023年7月 SAPIX YOZEMI GROUP発行)に掲載されたものです。