鈴鹿可奈子氏インタビュー

老舗の経営に携わりマーケティングの真髄を悟る

4回生ときに帰国した後、自分としては、大学を卒業したらすぐに実家で働くつもりでした。ですが、父親から「一度は、外に出ておいたほうがいい」と助言をもらったこともあって、卒業後は一般企業に就職をしました。学生時代にアルバイトをしたことのない私にとっては、まず働くことが初めての体験です。実は母も社会経験がほぼなく、父も一度も外で働いたことがありません。そんな家庭で育ったので、最初の研修から教わることが山のようにありました。それこそ社会人としてのあいさつの仕方から始まり、電話の応対などの基礎的な所作をみっちり仕込んでもらいました。

配属されたのは総務部で、最初に任されたのは電話応対や書庫の整理、郵便物を仕分けして社内の各部署に届けるといった仕事がほとんど。そのときに当時の総務部長がおっしゃった一言が、後の私にとって得難い財産となりました。

部長さんは「モノを作ったり、お客さまに直にサービスをする仕事と比べて、目に見える達成感は得がたい仕事ですが、こういう役割を安心して任せられる人がいないと、会社という組織は回らないのです」と話してくださいました。会社組織を成り立たせるには様々な部署が必要であり、どの部署のどんな仕事もかけがえなく大切であることを学びました。

また査定をかっちりする会社だったので、人事評価のやり方などを学べたことも、自分が査定する立場になって役立っています。採用にも関わらせていただくなど忙しい日々を過ごしていましたが、実家の事情もあって1年で辞めて家業に就くことになりました。

本場アメリカでMBAのマーケティングを学び、人事評価のノウハウなどもひと通り身につけて戻ったのです。さあこれからバリバリやろうと意気込んでいたにもかかわらず、仕事をするほどに、もどかしさが募りました。300年以上続いた老舗には独特の習慣があり、最初は社内で目にすることが、想定していた企業のあり方と異なっていたことに、ただ驚くばかりでした。

何か思うことがあるたび父に正直に話していましたが、たいていの場合「そうは言っても、働いているのは人だからね」という言葉が返ってきます。最初はよくわからなかったのですが、工場で働いたりして社員の皆さんと一緒に過ごす時間を積み重ねるうちに、その言葉の真意を肌感覚で理解できるようになりました。組織にはさまざまな部門があり、みんなそれぞれの仕事の仕方で自分の役割を果たすよう努めているのです。そう気づいたとき、前職の部長の言葉が蘇りました。

それからは、人事評価の仕方などもじっくり時間をかけて変えていこうと考えを改めました。老舗ならではの習慣、その真髄を理解できるようになると、実はアメリカで学んだマーケティングとやっている内容は同じだと思うようにもなりました。マーケティングなどと改めて言うまでもなく、老舗で引き継がれていることは実に理にかなっている。だから、お客様の支持を得て事業を続けてこられたのです。

最近は専務としてビジョンを尋ねられる機会も増えています。私の望みは、自分が大好きなおいしい八ッ橋を、次の世代から、さらにその次の世代へとバトンを繋いでいくことです。八ッ橋は、シンプルに「おいしい」のが魅力です。そのおいしさを多くの人に知ってもらい、食べてもらう。私のビジョンはこれに尽きます。