佐藤克文教授インタビュー

動物の生態は、人間にとっても生き方のヒントになる

動物の生態を調べていると、人間の生き方にとっても参考になることがたくさんあります。そのひとつが徹夜に対する考え方。日々、受験勉強に追われている方もいるかもしれませんが、徹夜をしていないでしょうか。徹夜すると翌日頭がボーッとして、勉強の効率が下がってしまいますよね。実は、動物の潜水行動を見ると面白いことがわかります。

ウェッデルアザラシは、通常は蓄えた酸素を使いながら20分程度潜ってエサを探し、海面で数分休息した後にまた潜るのですが、実は無理をすれば最大80分間潜ることができます。一見、長く潜ったほうがたくさんエサを取れそうですが、その場合は、潜水の後に何時間も休んで体を回復させなければならない。つまり、1日トータルでは、20分で切り上げたほうが水中でエサを探せる時間が長くなるわけです。これを人間に置き換えると、徹夜の効率が良くないということに気づくのではないでしょうか。

もうひとつ、興味深い話をしましょう。サクラマスとヤマメという魚は、大きさが全然違いますがDNAはまったく同じなんです。ヤマメは川で生まれ、孵化した稚魚は数カ月かけて10センチ程度まで成長します。このとき、わずかでも体が大きい稚魚ほどエサが豊富な川の流心に陣取り、成長が遅い稚魚は隅っこに追いやられてしまうんです。これでは、ますます差が開く一方です。

そこで、小さいヤマメは新天地を求めて川を下り、エサが豊富な海に出る。そして、70センチもの大きなサクラマスに成長し、川に帰ってきて大量に卵を産んで子孫を残すんです。一方、川に残ったヤマメは、成長しても30センチほどにしかならず、残せる子孫の数も少ないんです。

つまり勉強に置き換えれば、テストの点が少し低い、高いなんてことに一喜一憂することはないということです。視点を変えて別のフィールドで勝負すれば、活路が開けて大逆転できることもあるのではないでしょうか。大学入試で目の前の受験勉強に必死になり、東大に合格することがゴールのように感じてしまうかもしれませんが、それは違います。東大合格はゴールではなく、スタートラインにすぎません。

東大には、その道の第一人者の研究者が多く、さまざまな刺激を得ることができます。また、駒場や本郷のキャンパスだけでなく、この大気海洋研究所がある柏キャンパスでも多彩な研究が行われるなど、環境面も整っています。ですが、「この大学が自分に何をしてくれるのか」という受け身の姿勢では、大学生活で得られるものも限られてしまう。東大ならではのアドバンテージを徹底的に利用し、「東大を踏み台にしてやろう」という気概を持っていれば、可能性は無限に広がると思います。

正解のない問いに向き合う楽しさを味わって

研究者を志すなら、知力以外にもさまざまな資質が必要です。調査は一晩中砂浜を歩いてウミガメを探したりするので、体力勝負です。その点、私はサッカーに打ち込んでいたから、体力だけは自信がありました。また、「ウミガメが網にかかったら連絡してください」と漁師さんにお願いするのですが、漁師さんにしてみれば、私に連絡しても何の得にもならない。ですから、「こいつのためにカメを持って帰ってやるか」と思われるような人柄かどうかも、研究結果を左右することになるんです。

そして、最も必要なのは「もっと知りたい」という好奇心です。研究にはうまくいかないことや、拍子抜けするような結果をもたらすこともあるので、好奇心を持ち続けられなければ、めげてしまうかもしれません。決められた答えにいち早くたどり着くのが重要なのは大学受験までで、その後は正解のない問題の連続です。がんばっても結果が出ないこともある。そんなときは投げ出すのではなく、工夫して何度もトライすれば必ず道は開けると信じています。

研究者を目指すにあたって、収入面やポストにありつけるかといった不安を持つ人もいるかもしれません。ですが、研究者を目指す若い人には、「なんとかなるよ」とエールを送りたい。好きなことに納得いくまで打ち込んで、正解のない問いに向き合い続ける楽しさを味わってほしいと願っています。

鳥や水生動物の行動、生態を探るバイオロギングサイエンスとは

バイオロギングとは、野生動物に計測器やGPS 装置などを取りつけ、温度や深度、周辺の環境情報を記録する手法のこと。

佐藤氏が取り組み始めた頃はバイオロギングはまだ創成期だったが、デジタル技術の進化に伴い、装置は軽量化し、計測技術も向上。装置の取りつけ方にも工夫が必要で、試行錯誤を繰り返してきたという。現在、佐藤氏は、岩手県大槌町周辺のオオミズナギドリやウミガメ、熱帯域のウミガメ、サメ、極域のアザラシ、ペンギンなどを対象にバイオロギングによる研究を進めている。

人工衛星発信器を搭載したアカウミガメ。
海に放流するとバッテリー寿命の1 年間にわたり、回遊経路と水面下の水温情報をほぼ毎日送ってくれる

※本インタビューは「2022東大京大AtoZ」(2022年8月 SAPIX YOZEMI GROUP発行)に掲載されたものです。