藤田正勝名誉教授インタビュー

「好児、爺銭を用いず」西田幾多郎の教え

日本近代哲学の礎を築いた哲学者であり、多くの弟子を育て、「京都学派」といわれる哲学の学派の創始者となった西田幾多郎は、真剣に哲学の講義をする人だったといいます。ある日の講義で、「わからなくなった!」と叫んで、突然、講義をやめて帰ってしまったことがあったそうですが、当時の学生たちは、その西田の姿勢に「感動した!」のだそうです。西田も、自分がその当時考えている問題について真剣に取り組んでいたからこそ、わからなくなってしまったのでしょう。学生たちも、そういう西田の哲学に対する真摯な姿勢を感じ取っていたからこそ、途中で帰ってしまっても感動したんでしょうね。今そういうことをやったら笑われるかもしれませんが(苦笑)。

西田はそういう意味で、自分にも人にも厳しいところのある人だったといいます。学生たちに対しても厳しく接していたようですね。それでもたくさんの弟子たちが西田のもとから育っていきましたし、多くの人たちが西田のところへ集ってきました。学問に対する真剣な姿勢があったからこそだと思うのです。

京都大学の「京都学派」といわれる哲学の伝統は一挙にではなく、徐々に作られていったように思います。その伝統にとって、非常に大きかったのは、西田幾多郎の存在ももちろんですが、弟子たちの哲学に向き合う姿勢によるところも大きいと思います。

弟子たちの哲学に向き合う姿勢を一言でいえば、「ゼルプスト・デンケン」(ドイツ語)になるでしょうか。「ゼルプスト」は英語でいうとself、「デンケン」はthink。日本語に直訳すると「自分で考える」ですね。「自ら主体的に思索する」とでもいえばいいでしょうか。それを重視する。西田自身がそういう姿勢を弟子たちに求めたんですね。つまり、すでに出来上がった哲学を学んで満足するのではなく、自らの足で立って独自のオリジナルの思想を積み上げていく。それが重要なんだと。

そのことを西田は、非常に面白い言葉でも表現しています。「好児、爺銭を用いず」。禅で使われる言葉ですが、もともとの意味は「よくできた子は、父親の金を元手に何かをするのではない。自分のお金でやる」という意味です。要するに、先生の学説で満足しないで、弟子はそれを乗り越えてオリジナルなものをつくり上げていくのが大切だということです。それまでの学説をただなぞるだけなら、哲学とはいえない。古典の重要性はあるけれども、古典の中に入り込んだだけではダメで、そこから生きて出なければならない。定説や既存のものを手掛かりにしながら、独自の思想を深めていくという姿勢です。

こうした西田の教えがあって、弟子たちも、独自の思想を積み上げていったのでしょう。自分たちの学説をつくり上げていく中で、自分の先生の学説を批判するということも当然あります。そのように相互に批判が自由になされていたことが、京都大学の哲学の伝統になっていったのだと思います。

「同じ人間」という観点に立ち、偏見をもたずに自由に議論する

西田幾多郎の著書『善の研究』の刊行100周年を記念してのシンポジウムで語る藤田氏

「好児、爺銭を用いず」。これは、京都大学の学風にもいえることでしょうね。上から「こういうことをやりなさい」というような考え方ではなく、それぞれが関心をもったテーマを、それぞれの計画に従って、それまでにないオリジナルなものにつくり上げていく。そういったことが尊重されます。あまり縛らないといいますか、そこが京都大学の魅力ではないでしょうか。

自分自身が、どういう問題に関心をもって、どういったモチベーションでやっていくか、それが一番重要なわけです。私自身が指導したときの経験を振り返っても、もちろん教えはしますけれども、こういう形でないとダメだなどとは、ほとんど言わなかったですね。

最後に私自身がいつもモットーにしている言葉をお伝えしましょう。「Let’s imagine a better world and take a step to work for it.」。訳すと「より良い世界を思い描いて、それを実現するために一歩を踏み出そう」。この言葉を若い世代の人に伝えたいですね。

私が近年強く感じているのは、私たちの社会には偏見だったり差別だったり貧困だったり、いろんな問題があるということです。他者に対する不寛容な発言があちこちに見受けられるとも感じています。そういうことを私たちが克服していくためには、自分自身の見方や考え方に閉じこもらないで、違った考え方をする人とも自由に議論をする、「同じ人間だ」という観点に立って、相手の声に耳を傾け、よりよい方向を一緒になって見出していくということが大切なのではないでしょうか。

哲学というのはもともと、殻に閉じこもらずに、枠にはめずに、これまでの先入観や偏見など、そういうものを取り払って、事柄をどこまでも根本から考え直していくところにその特徴があります。こうした態度で、今私たちの社会が抱えている問題にも取り組んでいってもらいたいなと思っています。

※本インタビューは「2021東京大学京都大学AtoZ」(2021年9月 SAPIX YOZEMI GROUP発行)に掲載されたものです。