平和酒造株式会社代表取締役社長 山本典正氏

平和酒造株式会社代表取締役社長 山本典正氏

平和酒造株式会社 代表取締役社長 山本典正氏

1978年和歌山県生まれ。京都大学経済学部卒業後、人材系ベンチャー企業を経て、2004年実家の酒蔵に入社。4代目として業績を伸ばす。2019年、京都大学経営管理大学院修了。
日本酒コンテストIWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)では「紀土大吟醸」が2014年、15年に、「紀土純米大吟醸Sparkling」が19年にスパークリングトロフィーを受賞。

ベンチャーでの経験がきっかけで挑戦するマインドに変わった

1999年に京都大学に入学した当初は、遊び倒しまして、自堕落な生活を極めていました(笑)。お寺巡りをするサークルに入ったんですが、実際は麻雀ばかりするところ。ただ、ユニークな先輩や仲間が多く、自由な空気の中で面白い学生生活を送れたように思います。

就職活動では、実家の酒蔵を継ぐか、その前にベンチャー企業に就職するかで、すごく悩みました。ちょうどITバブルの時期でもあり、ベンチャー企業に憧れがあったのです。結果、東京の人材系のベンチャー企業に就職しました。人材系であれば酒蔵を継いだときに組織マネジメントに生かせるという思いもありました。

就職した会社はとてもいい会社でした。繁忙期には始発から終電まで働くなど、今考えればまさにブラック企業ですが、とても風通しのいい社風で、部長のことも社長のことも、「〇〇さん」と呼ぶような環境でした。

就職してすぐのころ、会社にテレアポの仕事を振られたことがあります。テレアポとは、電話帳を見ながら、知らない会社に営業の電話をしていくことです。当時の私は、「小さな会社」を選んで電話していました。小さな会社なら若い私の話でも聞いてくれそうだし、もし失敗しても大きな問題にならないかな、と思ったのです。そうしたら上司から「ベンチャーは、大きい会社から電話するものだ。仕事がとれたら成果が大きいだろう」と注意されて。電話1回の労力はそんなに変わらない。大きな会社に電話してうまくいったら成果は大きい。だったら失敗を恐れずに大きな会社から電話しろと。なるほどなあ、と思いましたね。

学生時代までは、ミスをしたくない、人生で傷を作りたくないみたいなところがあったんです。だから大きな挑戦をせず、小さいことから積み上げていくというマインドでした。そのマインドが大きく変わったのは、ベンチャー企業での経験があったからこそです。大きな人生の転機になりました。

一方で、働きながら自分はベンチャー企業に向いてないんじゃないかなあとも感じたんです。自分自身、ベンチャー企業で求められる「0を1にする力」はないけれども、今ある会社を大きく育てるような「1を10にする力」はあるのかもしれないと思って。それで、2004年に退職し、実家の酒蔵を継ぎました。

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