依田高典教授インタビュー

リアル空間で行う「フィールド実験」で、人の行動を変える方法を探れ!

研究のこと「世の中のため」と「お得です」節電効果が高いのはどちら?

——「役に立つ学問なんて俗だ」と思っていた依田青年だが、研究者人生を歩み始めてからはさまざまに研究テーマを変え、世の中の制度に直結する分野に取り組むようになる。そしてそのことは次の新たな興味と挑戦につながっていった。

研究者人生を歩み始めた頃の最初のテーマは、電話、電力、ガスなどネットワーク産業の規制改革について。このときはデータを使った実証経済分析を行い、アンケートを通じて消費者が何を選択するかを探る「心の定量化ツール」を身につけました。

その後、同じ手法で人間の「心のクセ」が探れるのではと考え、取り組んだのが喫煙の経済学。「煙草を吸う」「やめられない」のはどんな心のクセを持つ人なのかを分析し、「わかっていてもやめられない」という人間の心のクセに切り込むのは興味深いものでした。

しかし、アンケートに基づく分析では、「相関関係」はわかっても「因果関係」はわかりません。因果関係を知りたければ、実験の参加者をランダムにグループ分けし、それぞれ違った条件を与えて行動を見る「無作為比較対照実験」が有効です。さらに、これを実験室のようなつくりものの環境ではなく、リアルな生活空間の中で行う「フィールド実験」がベストです。

このフィールド実験に取り組んだのが、電力のスマート化とその経済効果を見る経済産業省のプロジェクト、『次世代エネルギー・社会システム実証地域』でした。

東日本大震災による電力不足をきっかけに注目されたのが節電の問題。経済学の理論通りには動かない生身の人間に、どうすれば気持ちよく行動を変え、節電に取り組んでもらえるのか?これを、大規模なフィールド実験で探ろうとしたのです。

実施地域は、神奈川県横浜市、愛知県豊田市、京都府けいはんな学研都市、福岡県北九州市の4地域。それぞれの地域で参加者を募り、スマートメーター(※1)やHEMS(※2)を導入して電力使用量を見える化しつつ、どんな策を取れば節電が進むかをみることにしました。

このうち、けいはんな学研都市で行った実験をご紹介しましょう。テーマは、「節電要請と変動料金、どちらが節電に効果があるのか?」です。

けいはんな学研都市には全部で4万世帯が居住していますが、このうち700世帯が実験に参加。これを3つのグループに分け、そのうちの1つには電力ピーク時に節電をお願いし(A)、1つには変動料金を設定(B)、もう一つのグループには何もせず(C)、それぞれどの程度節電が進むかをみてみました。

(A)の節電要請は、人間の内的動機に訴えるもの。人間は、だれしも世の中の役に立ちたいという気持ちを持っているものですが、「節電をするのはいいことだから協力しよう」という気持ちでどれだけ人が動くかをみようということです。

(B)の変動料金は、外的動機に訴えるもの。「節電をしたほうが得だ」という動機がどれだけ人を動かすかをみます。

(C)は何もせず電力使用量を測るだけ。

具体的には、各世帯にタブレットPCを配付し、(A)には「下記時間帯には電力の使用をお控えください」というメッセージのみを表示。(B)には「デマンドレスポンス(※3)の時間帯は、電気料金が非常に高額になります。電気のご使用をお控えください」というメッセージとともに、通常は25円/kWh の料金を、65円、85円、105円に設定した料金を表示しました(図1)。

その結果、(A)のグループでは何もしなかった(C)のグループ比べて約3%の節電効果がありましたが、(B)のグルーブでは節電効果は約15〜20%に上りました(図2)。

さらに、実験期間を5つに区切ってみてみると、(A)は第一サイクルでは8%の人が節電に取り組んだのにその後節電率はどんどん低下、(B)は最初から最後まであまり節電率が変わらないという結果に(図3)。

実験終了後、節電が生活習慣として定着したかを追跡して、(A)は1%分の節電しか習慣化していないのに対し、(B)は8%分の節電が定着していました。

つまり、(A)の節電要請は人に行動変容までさせることはできないが、(B)の変動料金は行動変容を誘導できると分かったのです。

電力は、供給力の3%程度の予備率がないと停電危機に陥るとされています。これを実現するために家庭で必要な節電は8%くらい。ただしそのペースが続かないといけません。けいはんな学研都市の実験では、これを実現するためには変動料金を導入すべきだという経済学的結論が出たというわけです。

実際に変動料金を導入するためには、いつ、だれがどのくらい電気を使っているかを把握する必要があるため、全世帯へのスマートメーターの設置が必要です。スマートメーターの普及には2020年代初頭までかかるとみられています。

さらに、今回の実験は暑い夏に「エアコンの使用を控えてください」と頼むという、ある意味非人道的な内容でした。しかし、システムが電力使用パターンを学習し、たとえば電力需要がピークを迎える前の早い時間からエアコンをつけておき、ピーク時には出力を落とすというように自動でコントロールできるようになれば快適性を落とすことなくデマンドレスポンスを実現できます。

こういうことをどんどん実現していきたいのですが、普及には時間がかかります。これも行動経済学でわかっていることなのですが、人間はその方がよいとわかっていても実行できない「現状維持バイアス」を持っているからです。こうしたバイアスをどう解消し、普及させていくかが今後の課題といえるでしょう。

さらに、エネルギーの分野で始まったこうした「スマート化」ですが、実は最もスマート化すべきは100兆円とも言われる社会保障費。ヘルスケアの分野でも、行動変容が誘導できれば非常に大きなインパクトがあります。

たとえば、血圧、心拍、体温などのバイタルデータを取り、食事のカロリーや栄養を人工知能で分析できるようになれば、節電の実験で分かったことと同様に、具体的な助言をすることで行動変容させることができるかもしれないのです。

『次世代エネルギー・社会システム実証地域』とは?

次世代エネルギー・社会システムの構築に向け、実際のデータを収集し、必要なシステムを構築するため、実際の地域で実験を行うプロジェクト。下表の4地域が選ばれ、それぞれの地域事情に合わせた実証実験が行われた。

地域名 テーマ タイプ 事業内容
横浜市 横浜スマートシティ
プロジェクト
広域大都市型 住宅約4000戸、大規模ビル等約10棟を対象とした大規模な実証事業。大型蓄電池等を統合的に管理することで、地域全体を大規模発電所と見立てる実証も実施
豊田市 豊田市低炭素社会システム
実証プロジェクト
戸別住宅型 創エネ、蓄エネ機器(太陽光発電、蓄電池など)を導入した67戸の新築住宅を中心に、エネルギーの地産地消に取り組む。また、次世代自動車を含む次世代交通システムを実証
けいはんな
学研都市
けいはんなエコシティ
次世代エネルギー・社会システム
実証プロジェクト
住宅団地型 住宅約700戸を対象に、エネルギー管理システムを導入し、電力需給予測に基づく節電要請、変動料金の効果を見る。家庭部門の省エネに向けた電力会社による省エネコンサルも実施
北九州市 北九州
スマートコミュニティ
創造事業
特定供給エリア型 対象は新日鐵住金の特定供給エリアの180戸。コジェネ(工場の廃熱等を発電に利用するシステム)をベースロード電源と見立て、需給状況による変動料金を導入

※資源エネルギー庁「スマートコミュニティ構築に向けた取組」より作成

本文脚注
※1 スマートメーター …… 従来のメーターが電力の使用量のみを測っていたのに対し、誰がいつどれくらい電力を使ったかを把握できる。エネルギーの効率化や節電の前提として電力の使用状況を把握するのに欠かせない装置。
※2 HEMS …… Home Energy Management System の頭文字をとったもので読み方は「ヘムス」。家電やエネルギー機器を接続し、家全体のエネルギーの使用量や消費量を可視化するシステムのこと。
※3 デマンドレスポンス …… 需要の急増に合わせて電力会社が消費者に節電を要請し、電気の使用量を抑えて安定供給を実現すること。